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個室専用の小さな展望デッキには、もちろん私たちだけしかいなくて。
静かな波の音。頬をなでる潮風。どこかから流れてくるピアノの旋律。
目の前の夜闇に広がる都会の灯りの粒子。
「綺麗ですね」
思わず感嘆の声を漏らすと、寺西さんも「そうだね」と微笑む。
冷たい夜風に体を小さく震わせた私の肩に、ふんわりと彼のジャケットがかけられる。
「この灯りの数だけ人の生活があって……そのなかの何人もがうちの商品を着ている。その人たちの生活の一部になって、泣いたり笑ったり、どんな時も着る人のそばに寄り添っている。そう考えると、なんだか不思議だね」
「はい」
夜景を眺める寺西さんの瞳には、いくつもの灯りがキラキラと光る。
まだ温もりの残るジャケットの前を合わせながら、私はそれを見つめていた。
ふいに寺西さんがこっちを向いて、今度はその瞳に私が映る。
「前にこれからもそばにいてほしいって言ったこと、覚えてる?」
あれはジャパンガールズコレクションの帰りの車でのことだ。
あの時の真っ直ぐな眼差しは忘れられるはずなんてない。
小さく頷くと、寺西さんがいつも浮かべている微笑みを引っ込めて、真剣な顔で私の目をじっと覗き込んだ。
一欠片も揺らぎのない、まっすぐな瞳。
「本気なんだ。美羽ちゃんにずっと俺のそばにいてほしい。弱ってる女性の隙につけこむなんて卑怯かもしれない。でもなりふりかまっていられないほど、俺は君が好きだ」
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