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切実そうに熱を帯びた瞳から逃れられない。
この人の腕の中に飛び込んでしまえたら。
この人を愛することができたら、どれだけ幸せだろう。
寺西さんの柔らかくウェーブのかかった黒髪を、潮風が静かに揺らしていく。
きっとはっきり拒絶できないのは、私の中に少しでも寺西さんの言葉に甘えたいと、この爽を想う辛い気持ちから逃げてしまいたいと思う自分がいるからだ。
ーーだけど、そんなことをしていいはずがない。
「寺西さん、ごめ……ッ!」
ごめんなさい、と言い終える前に、私は力強い腕で寺西さんの胸の中に抱き寄せられていた。
「それ以上、何も言わないで」
あんなに真っ直ぐに愛の言葉をくれた寺西さんとは別人みたいな弱々しい声。
彼の胸にうずもれていてその表情まではうかがい知ることはできないけれど、その切なげな声に胸を打たれた。
「ごめん、焦り過ぎちゃったかな。でもさっき言った言葉に嘘はないからね。これから少しずつでも俺を見てほしい」
寺西さんはそう言ったまま、しばらく私を抱きしめていた。
彼の温もりに包まれていると、すごく穏やかで安らかな気持ちになっていく。
こうしていれば、いつかはこの胸の苦しみも消えるだろうか。
寺西さんのそばにいれば、いつか本当に爽を忘れることができるだろうか。
この痛みも、いつか……。
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