第十ニ章 普通だけど普通じゃない、特別な日

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 その後、クルーズ船が船着き場に戻る頃には寺西さんにいつも通りの微笑みが戻り、帰りの車中では今日の楽しかったことや冗談などを言い合って過ごした。  私に気まずい思いをさせないように気を遣ってくれているだろう寺西さんはやっぱりすごく大人だ。  それでももう彼の大きな手が私の手を放すことはなくて、その手のひらの体温に時折、船上での告白の言葉を思い出してしまうのだった。  あっという間にビジネスホテルの前に着いて、また朝のように寺西さんが助手席側にまわってドアを開けてくれる。  いつかみたいに「どうぞ、お姫様」なんて仰々しく言うから笑ってしまった。 「今日はどうもありがとうございました」 「こちらこそ付き合ってくれてありがとう。最高に楽しいデートだった」 「私も楽しかったです」 「よかった。じゃあ今日はゆっくり休んで。また明日、会社で」  寺西さんのおかげで私たちの間にギクシャクした空気はない。  ごく自然に「楽しかった」と素直に口にしていた。  寺西さんが軽く手を挙げて、運転席に戻っていく。  その時、数メートル先の交差点のむこう、カラオケや居酒屋などの入る雑居ビルの建物に隠れるようにして、こちらにスマホを向けている人影があるのに気付いた。
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