第十三章 トゥージュール

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 そこに女性店員がコーヒーを運んできて、ふと私の足元に目をとめた。 「お客様、トゥージュールをお持ちなんですね。とてもお似合いです」 「……ありがとうございます」  商品を眺めていた寺西さんが私たちを振り返る。 「恋人からのプレゼントですか?」 「あ、いえ、その」 「羨ましいです。ジンクスにちなんで恋人にプレゼントするなんて、ロマンチックですよね」  ――ジンクス? なんで彼女はこの靴を見てすぐに恋人からのプレゼントだと思ったんだろう。 「ジンクスって、なんですか?」 「あら、ご存知ありませんでしたか。余計な話をしてしまい、申し訳ございません」 「い、いえ。あの、教えてもらってもいいですか? そのジンクスのこと」 「もちろんでございます」  店員は商品棚から新しいトゥージュールを一足、手に取って微笑んだ。 「当ブランドの創設者の一人、デザイナーのジャン・マルタンがまだ若く、駆け出しのデザイナーだった頃のことです。彼はある女性と恋仲になったものの、女性の両親から結婚を猛反対されていました。何度も説得を繰り返してもお許しがもらえずにいたある日、ジャンはデザイナーとして必ず成功して彼女を幸せにするという決意と覚悟をもってこのトゥージュールを作り、女性の両親のところに持っていきました。それを見た両親はこの靴の美しさと、ジャンの娘への熱い想いに胸をうたれ、結婚のお許しをもらえたのだそうです。トゥージュールはフランス語でという意味があるんですよ」 「永遠……」  どくん、と鼓動が大きくなる。
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