第二章 優しい夜

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 私が戸惑っていると彼は顎に手をやって、しばらく無言で私を眺めていた。  まったく意味が分からない。 「あなたのことなんて知りません」 「……そう、だよな」  しばらく訝しげに瞳を細めていたかと思うと、彼は咳払いして腕を組んだ。  ちょっと顎を上げてこっちを見ている様子は、ふてぶてしいというか偉そうというか。 「それで、なんか用?」  彼の言うことは意味不明なことばかりで、私の脳みそは彼を『かっこいいけど私をファンかストーカー扱いする自意識過剰で変な人』に認定しかけていた。  そのせいか先ほどまでの緊張もすっかり霧散している。  私は気を取り直して、紙袋を差し出した。 「この前のスニーカーを返しにきました!」 「え、あんた、そのためにここにいたのかよ?」 「そうですけど」 「また会えるかどうかも分からないのに?」 「は、はい……」  彼に問われるごとに、やっぱりおかしかったかな、と今更思う。  でも、どうしても返したかった。  何度も思い出してしまう彼に、ちゃんと会って返したかった。  こんな風に思うのは等価交換でなかったこともあるけれど、心のどこかでお金持ちそうな彼に情けをかけられたくなかったからかもしれない。  めちゃくちゃな貧乏暮らしでも意地くらいある。
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