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「いらねぇよ。それはあんたにあげたの。あんたの靴が壊れたのは俺のせいだし」
「で、でも、こんな高価そうな靴、いただけません」
「もうそれ後輩に譲ろうかなと思ってたとこだし、いいって」
「まだ新しいのに?」
「ああ。靴なんか、いくらでも家にあるからな」
一体全体、この人はどんな暮らしをしているんだろう。
今日もこの前よりは少ないとはいえ、ブランドショップの紙袋を三つほど腕にぶらさげている。
あんなに高い靴にも頓着しないし、そんなに大量に靴を持っているだなんて。
「じゃ、そういうことで。それはあんたにあげたものだ。もういらないから、そっちで処分して」
呆然とする私を置いて、彼がさっさと歩き出そうとする。
そんなこと言われても納得できない。
「ちょ、ちょっと!」
呼び止めようとそう叫んだ瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。
――あれ、なにこれ?
もしかして私と彼の暮らしの、裕福さのギャップに眩暈がしてるとか?
なんて思った時には、ふわりと平衡感覚がなくなる。
ティファニーブルーの時計が、けやき坂が歪みながらまわって。
音が、視界が、急速に遠のいていく。
「ちょ、お、おいッ! 大丈夫か!?」
意識が途切れる直前、彼の慌てふためいた声がして、背中に力強い腕の温もりを感じたような気がした。
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