第二章 優しい夜

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「いらねぇよ。それはあんたにあげたの。あんたの靴が壊れたのは俺のせいだし」 「で、でも、こんな高価そうな靴、いただけません」 「もうそれ後輩に譲ろうかなと思ってたとこだし、いいって」 「まだ新しいのに?」 「ああ。靴なんか、いくらでも家にあるからな」  一体全体、この人はどんな暮らしをしているんだろう。  今日もこの前よりは少ないとはいえ、ブランドショップの紙袋を三つほど腕にぶらさげている。  あんなに高い靴にも頓着しないし、そんなに大量に靴を持っているだなんて。 「じゃ、そういうことで。それはあんたにあげたものだ。もういらないから、そっちで処分して」  呆然とする私を置いて、彼がさっさと歩き出そうとする。  そんなこと言われても納得できない。 「ちょ、ちょっと!」  呼び止めようとそう叫んだ瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。  ――あれ、なにこれ?  もしかして私と彼の暮らしの、裕福さのギャップに眩暈がしてるとか?  なんて思った時には、ふわりと平衡感覚がなくなる。  ティファニーブルーの時計が、けやき坂が歪みながらまわって。  音が、視界が、急速に遠のいていく。 「ちょ、お、おいッ! 大丈夫か!?」  意識が途切れる直前、彼の慌てふためいた声がして、背中に力強い腕の温もりを感じたような気がした。
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