第四章 もうひとつの出会い

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 寺西さんの柔らかな声が、私の名前を呼ぶ。  ーー不思議。  佐々岡さんに遊び人だと聞いていたからだろうか、苗字で呼ばれるよりもファーストネームで呼ばれることがとても自然に感じた。 「美羽ちゃんは正社員の面接を受けなかったの?」  そう問いかけられて、私はお父さんの借金のことを家庭の事情と濁しながら、契約社員になった経緯をかいつまんで説明した。 「そうか。うちは大卒しか正社員はとってないんだったっけ。それは美羽ちゃんも辛い思いをしたね」 「いえ……契約社員としてでも雇用していただけたこと、本当に感謝しています」  実際、ここで働くことができていなかったら、どうやって家族に仕送りしていたか想像ができない。  高層ビル群の隙間から仰ぎ見る空を、私の気持ちに似た黒い雨雲がすごい早さで流れていった。 「もし今後、正社員になれるチャンスがあれば挑戦するといい。美羽ちゃんは契約社員かもしれないけど、後輩のフォローができるほどしっかり働いてきたんだろう。君はもっと評価されるべきだし、そういう人間こそ正社員として、うちの会社を支えてほしい」
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