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寺西さんが笑うのに合わせて、汗をかいたプラカップの中で溶けた氷で薄まったコーヒーがちゃぷんと音をたてた。
「ブッフェって! なんだよ、それ。いくらなんでも直球すぎだろう。こんなにジェントルマンなのに。紳士なのに」
その言葉に私も思わず吹き出してしまう。
クスクスと肩を震わせて「ジェントルマンって。確かに優しい方だなぁと思いましたけど、遊んでみる? なんてめちゃくちゃチャラいですよ」と言うと、寺西さんも可笑しそうに声をあげた。
「あんなに悲壮感たっぷりの顔してたのに、美羽ちゃん、なかなか言うね」
「すみません」
「いや、おもしろいよ。他の女の子とは違うね。俺の周りにはいなかったタイプだ」
「どんだけチヤホヤされてるんですか」
「かなり、かな」
そんなことを言って、また顔を見合わせて笑う。
気が付くと、最初にここでため息をついていた時とはまったく違う、晴れやかな気持ちになっていた。
その後、寺西さんは慣れた様子で「連絡してよ」と私の手に名刺を握らせて、さっそうとベランダを出ていった。
その背中もさっきまでの笑い顔も全部、噂に違わぬかっこよさだ。
几帳面な文字で裏面に書かれた、プライベート用だという電話番号。
これから先、この番号にかけることはないだろうなと思いながら、私は名刺をカーディガンのポケットにしまった。
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