第五章 二人きりのベランダ同好会

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第五章 二人きりのベランダ同好会

 それからの数日は仕事をしていても家にいても、片時も爽のことが頭を離れることはなかった。  初めて会った時のこと。  私に差し出された手。  私の足に触れる指先。  美味しいとご飯を食べてくれたこと。  お弁当配達のバイトを提案してくれたこと。  出会いから順を追って思い出すのに、いつも壁ドンや恋愛禁止を打ち明けた時のこと、可愛いと言ってくれたことを思い出すと心拍数が跳ね上がり、最後に宅配ピザと変わらないと言った声が耳の奥に蘇って胸が痛む。  ずっとその繰り返しだった。  おかしい。  絶対におかしい。  だって、まるでこんなの……。  記憶によって一喜一憂してしまったり、自分の気持ちの変化に戸惑っている、明らかに様子のおかしな私を佐々岡さんが心配してくれるけれど、まさか全部説明するわけにもいかない。  だから今日も必死に平気なふりをして彼女と休憩室でランチをしていた。  休憩室は相変わらず空いていて、私たちの他には数える程しか先客はいない。  そこで佐々岡さんのネイルや恋の話を聞いたり、テレビに映ったワイドショーを眺めたりする。  先月ピンクだった彼女の爪には紫陽花のネイルアート。 「梅雨ですから」と満足げに微笑む彼女は今日も可憐だ。
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