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「寺西さん。お疲れ様です。って、苦労人って」
「あはは、ごめんごめん。一生懸命な美羽ちゃんって呼んだ方がいいか」
この人は何日も前に一度会っただけの私の名前や、話した内容までちゃんと覚えてるのか。
さすが、遊び人だけじゃなくて仕事ができると言われるだけのことはある。
「はい、どうぞ」
感心しているとコーヒーの缶を差し出された。
「え」
「いいから」
穏やかに微笑みながら、遠慮する私の手をごく自然な動作でそっと持ち上げて缶コーヒーを握らせる。
女性の手を触ることになんの躊躇も感じない。
寺西さんがするとそれすらスマートで気遣いのある行為に感じるから不思議だ。
手のひらにひんやりと固い感触が伝わってくる。
「ありがとうございます……」
「どういたしまして。休憩室の入り口から美羽ちゃんがベランダに出るのが見えてね。俺もおんなじのにしてみた」
寺西さんが私の右手のなかにある缶と同じコーヒーの缶を振って見せた。
「で、今日は何をお悩みなのかな、美羽ちゃんは」
「え、なんですか?」
「なんだかまた暗い顔をしてるから。大丈夫?」
優しい眼差しで私の顔を覗き込んで、寺西さんが笑った。
やっぱり寺西さんはすごい。モテる理由が分かる。
それにこの穏やかで落ち着いた雰囲気。
なんでも話してしまいそうになるんだよなぁ。
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