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寺西さんは緩い微笑みをたたえたまま、私をしばらく眺めていた。
「全然、馬鹿みたいだとも、おかしいとも思わないけどね」
「……そう、ですか?」
寺西さんは頷いて、コーヒーに口をつける。
湿気た風がふわりと吹いて、彼のたおやかな黒髪を揺らしていく。
寺西さんの周りでは風さえも柔らかくなるみたいだ。
「一度、転がり始めたら止まらないものだよ。制止しようとする気持ちや、立場、状況、すべて関係なくね。抗える人間なんていない。意識し始めたと気付いた時には急速に深い穴に転がり落ちていく。止まることなんてなく、ね。それが恋だ」
恋。
意識し始めたと気付いた時には急速に落ちていくもの。
寺西さんの言葉を何度も心のなかで反芻する。
それじゃあ、やっぱりこの気持ちは……。
確かに爽はぶっきらぼうだけど、倒れた私を家まで運んで目覚めるまで見守ってくれたり、私の生活を知ってお弁当の配達を提案してくれたり……過去の失恋話にもお前は悪くないと言ってくれたりと、すごく優しい。
爽といると借金のこと、仕送りのこと、仕事のことで暗かった毎日のなかで久しぶりに心から笑うことができていた。
だけど。
自分でもこの気持ちがいつからなのか、どうしてこんなことになってしまったのか分からない。
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