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第一章 ティファニーの魔法
今日はついてない一日だった。
仕事をしない後輩の柚木さんのミスをかぶり、課長に契約更新をちらつかせながら叱責された。
この四月になんとか繋いでもらえた首だったのに、もう脅されるなんて……と眩暈がする。
契約社員という立場が憎い。
それでもこんなの日常茶飯事だけど、おかげで自分の作業が滞り夜も深い時間まで残業しなくてはならなかった。
さらに疲労困憊で六本木のオフィスを出たところでお母さんからの電話。
これが極めつけだった。
電話口のお母さんの声は申し訳なさそうで、聞いているこっちまで気持ちが萎えていく。
「美羽、悪いんだけど、来月からもう少し仕送りを増やしてもらえない?」
「えっ、どうして?」
「康太ももう中三でしょう? 受験のために塾に行かせてやりたいのよ」
「塾って……」
どこにそんな余裕が、と言いかけてやめる。
余裕はないけど、それでも行かせてやりたいから私に頼んでるんだ。
お母さんは昨今、よく耳にするようになった毒親とは違う。
きっと苦渋の決断だったはずだ。
「……分かった。考えてみる」
「ありがとう。美羽。こんなことお願いしておいてあれなんだけど、身体には気をつけてね」
「うん。お母さんもね。みんなによろしく」
電話を切っても、しばらくは頭の中にお母さんの力なく笑った顔が浮かんできて離れてくれなかった。
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