大泥棒のリゾット

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大泥棒のリゾット

とある地方都市の下町にあるこじんまりとしたイタリア料理店は今日も満席であった。満席と言っても狭い店内にはカウンター席が十席あるだけで、今宵は十名の客が貸切で食事をしているのだ。だが、今宵の客はいつもの客とは一味も二味も違っていた。全員が一見客であり、この店の評判を聞き付けたこの国でも指折りの美食家たちが店を貸し切っているのだ。そんな彼らの会食は終盤に差し掛かっていた。 「ふぬ、前菜のカプレーゼはなかなか良かったと思うぞ。だが、それまでぞ。言ってしまえば平凡。良くも悪くもないぞ。」 「んーん、パスタもなかなかの美味だった。アンチョビソースがカッペリーニに良く絡んでいて、美味。だが、だからと言って秀でたものは無い。この程度の品であれば五番街では到底通用しないであろう。」 「ポルペットーネは美味しかったわ。でも、そうね…。美味しいだけ。それ以上でも以下でも無かったわね…。」美食家たちの評価は決して良くは無かった。だが、決して悪い訳では無い。今宵集まった彼らは皆、一口でも口に合わなければその時点で席を立って帰ってしまうほどの“食”の偏屈たちなのだ。彼らの舌を心の底から満足させられる料理人などこの国に数える程しか居ないのだ。そもそもそんな彼らが地方の片田舎でシェフが一人で切り盛りしている小さな店にやって来ること自体が本来はあり得ない事なのだ。 そして最後の料理がサーブされた。 「では最後の料理です。〆のリゾットです。」 「リゾット…?」美食家たちは皆、顔をしかめた。そして一人のが呆れ顔で言った。 「シェフ、私は永らくこの業界にいるが、本格イタリアンの〆でリゾットを出された事は今まで一度も無い。これは本気かね?」 「ええ、もちろんです。我が店を訪れるお客様は皆、この〆のリゾットを喜んでお召し上がりになられますよ。」美食家たちは皆、一斉に席を立った。しかし、一人がリゾットから立ち昇る匂いに吸い寄せられるようにスプーンを手に取りリゾットを一口食べた。すると目の色を変えて二口、三口とリゾットを貪るように食べ始めたのだ。その様子を見ていた他の九人がおもむろにスプーンを手にした。 そして数分後、十人の美食家は皆、リゾットの虜になっていた。シェフは今宵も見事に客の心を盗んで見せたのであった。終
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