0❥CROWN

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CROWN⑦  総長であるその男になんの恨みもなかったが、これで最後だと思うと聖南も止められなかった。  右腕をキメ、悶絶する男の左腕を取る。  肘にしようか手首にしようか、数秒だけ考え込んだその隙に光太の手からすり抜けて走り寄ってきた二人が、聖南の手をギリッと掴んだ。 「セナ! やめろ!」 「やめてー! セナ、もうやめてー! うわぁぁんっ」 「お前ら…っ、離せ…! 締めくくんねぇと終われねぇんだよ!」  聖南ほどの身長はないが、両腕を取られて男から引き剥がす力は二人がかりだと容易だった。  アキラは聖南の意味のない暴れっぷりに激怒し、このような現場が初見であるケイタは涙をポロポロ溢して必死に「やめろよぉ」と呟き続けている。  二人の声を聞くと急速に頭が冷えてきた。  冷静でいたつもりだったが、やはりそううまく自身をコントロールする事など無理だったようだ。 「聖南、例の裁判之女神の連中がこっちに向かってるそうだ! 面倒くせぇからズラかるぞ!」 「まだ両腕キメ終わってねぇ…」 「セナ、これ以上やるんなら俺がお前の腕へし折るぞ!」 「うわぁぁんっ、アキラもセナもどうしちゃったんだよー! この人達なんでみんな地面で寝てるんだよー!」 「ケイタうるせぇよ!」 「セナが暴れるからだろ! こんな事のために一時間無駄にしたのかよ!」  四人は離れた場所へ移動し、光太がスマホで誰かと連絡を取り合っている間、アキラに食ってかかられてイラついた聖南はついつい言い返してしまう。 「ちょっと前の俺にとってはこれが生き甲斐だったんだよ! 温かい家でぬくぬく育ったアキラに俺の気持ちが分かるか!」 「あぁ、分かんねぇな! チンピラの真似事して生き甲斐なんて言ってるセナの気持ちなんか分かるわけねぇだろ!」 「なんだと!? やるか、てめぇ!」 「上等じゃん!」 「わぁぁぁんっ、セナ、アキラ、もうやめろよぉっ! 早くスタジオ戻ろうよぉ!」  あっちの喧嘩が終わったと思えばこっちでも争いが始まってしまい、ケイタは二人の腕を掴んで悲鳴に近い声を上げて泣いた。  胸ぐらを掴み合う聖南とアキラの間に入る、末っ子の悲痛な叫びに二人はソッと手を離す。  嫌な沈黙と、ケイタの啜り泣く声が十分ほど続いた。  頭に血が上ったからと、アキラに向かってあんな風に本音をぶつけてしまったのは完全に行き過ぎた行いだった。  普段から年齢のわりには落ち着き払ったアキラも、聖南の過去を知らないはずはない。 その上で取り乱した事を後悔しているのだろう。  争いごととは無縁で生きてきたケイタに、今まで見せた事のない顔を見せてしまったちょっとした罪悪感も二人の中にはあった。  三人の間に気まずい空気が流れる中、通りの向こうにやって来たタクシーを見付けた光太が、まずアキラとケイタの背を押して乗り込ませている。  スマホで誰かと連絡を取り合っていた光太は、気を利かせてタクシーを呼んでくれていたらしい。  浮かない顔で戻って来た光太に、複雑な面持ちで「ありがとな」と言うと、唐突に謝られてしまった。 「……聖南…悪かったな。 ──俺、お前が芸能人だって知らなかったんだ。 聖南がアイツらボコッてる間、あの二人に話は全部聞いた」 「………………」 「お前ちょっと違うもんな。 なんつーの? オーラ的なもんあるよ。 ちゃんとした道があんのに、喧嘩だけして過ごすなんて勿体ねぇよな。 紅色天賦から離れて正解」  二人をタクシーに待たせたまま、バイクに跨った光太の三段シートに触れる。  光太自慢の改造バイクに、聖南はほぼ一ヶ月丸々お世話になった。  突然の出会いから、突然の別れまで、たったの一ヶ月だ。  闇に満ちた血生臭い喧嘩、十数台ものバイクで街を爆走しての迷惑行為。 それ以外の犯罪行為には手を染めなかったけれど、どちらも許されたものではない。  それなのに聖南の心には、それらは汚点としては残っていなかった。  確かに、確実に、聖南には必要な日々だったのだ。  滑り台の上で見上げていた夜空の下に現れた、雑な金髪の光太は特に聖南と親しくしてくれていて、二度目の別れには若干の名残惜しさがある。 「光太はずっと紅色天賦に居るつもりなのか」 「いや…。 総長のアイスがバレちまって、明日明後日にはパクられるって情報きてる。 総長がラリってんのはみんな分かってたしさ、ほとんどの族員が何かしらヤバイ事やってるし、パクられんの怖くてみんな族抜けてるよ。 紅色天賦は事実上の解散だ」 「………そうなんだ」  そうなったら、光太はどうするのだろう。  知った事ではないと突き放して去れない友情が、知識のない聖南の頭をフル回転させた。  聖南はこれからどんな逆境に遭っても立ち向かわなくてはならない、大きな壁と目標がある。  過去が過去なだけに、容易い道ではないだろう。  歩む道は違えど、光太も聖南と同じく荒波を乗り越えていってほしい。  彼女との痴話喧嘩を不貞腐れて話していた光太は、聖南が犯罪行為に手を染めないようさり気なく守ってくれていた、まるで暴走族の族員には見えないのだ。  彼自身も自覚があると思う。 「俺はとりあえずバイトすっかなぁ。 中卒の十七でも雇ってくれるとこあんのか分かんねぇけど」 「光太、バイク詳しいじゃん。 今からでも親に頭下げて車系の資格取れる高校入れよ。 俺から言わせれば、光太の方が「ちょっと違う」だったし」 「なんだ? どういう意味だよ」 「族っぽくない。 あんな厳ついバイク乗ってるとは思えねぇくらい優男」 「おいー? それ褒めてんのかぁ?」 「褒めてはねぇな。 てか…うわ、あの時の茶髪じゃん。 マジで来たのか。 めんどくせぇから俺行くわ」  一年前のように何気ない会話に花が咲きかけたその時、数台のバイクの爆音が轟いてきた。  ヘッドライトで見えづらいものの、先頭には眉毛の無いあの茶髪男、少し後方には黒髪で強面の長身男がバイクに跨がっているのを確認して、すぐに聖南はタクシーの方へ歩き出した。 「俺もズラかる。 ……聖南、頑張れよ!」 「光太もな! 将来ガッポリ儲けたらお前のとこで車買う予定にしとくからな!」 「はは…っ! 気が早えよ!」  ───二人は別れ際、「じゃあな」とは言わなかった。  連絡先も住まいも知らない二人が三度再会するのは、聖南が十八で免許を取り、車探しを始めた際に光太の存在を思い出すその時である。
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