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CROWN⑧
三人はスタジオに戻るなり、レッスン講師である三宅から大目玉を食らった。
行き先も告げないまま飛び出したため、あと少し帰りが遅ければアキラとケイタの両親に連絡がいき、危うく捜索願いまで出されてしまうところだったという。
自分のせいで二人も巻き添えを食っては申し訳ないと、聖南は三宅に正直に話そうとしたのだ。
社長との約束を破ってしまった事を詫び、それに伴う取りきれもしない責任をも取るつもりでいた。
しかしアキラが頑として聖南に喋らせなかった。
ケイタも同様で、泣き腫らした目を擦りながら何事も無かったかのように無言を貫いた。
「コンビニに行ってました」と言い張るアキラに、それは違うと言いかけると、足先をぎゅむっと踏まれてやむを得ず空気を読んだ。
言わない方がいい、黙っていた方がいい。
アキラとケイタの寄越す視線がそう言っていて、聖南は渋々コンビニの嘘に合わせた。
殴り合いにまで発展しそうだった二人は、タクシーの中でも気まずくて一言も口を利かなかったが、アキラとケイタの聖南を思う気持ちがその嘘で明確となった。
レッスンそっちのけであとを尾けてくるほど、二人は聖南の事を心から心配していたのだ。
幼い頃から苦楽を共にした友人として、この一年は同じ目標に向かう同士として、聖南が思っている以上に三人の絆は強固であると証明してくれた。
アキラも、ケイタも、聖南とだから「CROWN」を頑張りたい。 そう言ってくれた。
もう二度と、夜の世界とは関わらない。
何があっても、どんな連絡が来ても、知らぬ存ぜぬを通す。
三宅に雷を落とされながら、聖南はこっそり心に誓っていた。
CROWNしかない。
どう転んでも、今や聖南にはCROWNしか残っていない。
アキラとケイタが聖南を必要としてくれている限り、これ以上心配と迷惑を掛けてはいけないと強く思った。
鳴り物入りでデビューしたCROWNは、不安の残る聖南の過去などたちまち霞むほどの人気を博した。
三人それぞれ子役としての知名度があり、何より三者三様の整ったルックスと流行りのダンスミュージックが、若年層の男女の心をガッシリと掴んだ。
ボイストレーニング中に講師によって見出された、聖南の絶対音感。
何もかも飲み込みが異様に早い聖南は、二年目にはすでに楽曲制作にも少しずつ携わり始めていた。
社長に行けと言われて入学した芸能コースのある高校に通いながら、CROWNとしての仕事をこなしていく毎日が本当に楽しくて、まさに生き甲斐になりつつある。
歌う事も、踊る事も、作曲に携わる事も、日の目を見る恐れよりも新しい発見の喜びの方が大きかった。
今までとはまるで畑違いな「アイドル」の活動をしていくうちに、揺るぎない自信もついた。
この世界ならばアキラとケイタを引っ張ってやれるかもしれない、続けていればいつの日か本当にトップへと行けるかもしれない、二人のため、事務所のため、社長のために、「CROWN」をぽっと出の一発屋になどさせない───。
社長の思惑通り、聖南は順調にCROWNのリーダーとしての自覚を持ち始めた。
そんなある日の事だった。
「……アキラ? どうしたんだよ。 全然集中出来てねぇじゃん」
「あぁ、……ごめん」
あまり気分の上がり下がりを見せないアキラの様子が、この日はおかしかった。
現在アキラは、デビューからちょうど三年が経つ翌年一月に発売予定の、ファーストアルバムのレコーディングの真っ最中である。
聖南とケイタの歌録りは終了し、この日はアキラのみがヘッドホンを装着しブース内に入っていた。
ちなみに聖南はアルバム中半数の曲の作詞を手掛けていたので、ケイタとアキラのレコーディングに付き添って微妙な音程指導を行った。
梅雨時期のため蒸し暑い。 除湿モードにしていると体感は快適だ。
だがレコーディングを始めて間もなくから、指導に入る以前にアキラの顔色が悪かった。
もしかして除湿の冷風が効き過ぎているのかと、聖南は空調の設定に行こうとしたがふと立ち止まる。
「らしくねぇな。 一旦休憩入れるか」
「あー……」
「てか今日はやめとこ。 アキラ体調悪いんだろ? そんな日に録ったっていいの作れねぇから。 ──別日でもいいよな?」
聖南は振り返って、そこに居たスタッフらに同意を求めて了承を得た。
何としてでも今日やらなければ、というほどスケジュールが切羽詰まっているわけでもない。
アキラが大人しくヘッドホンを外してブースを出て来た事からも、今日のレコーディングは見送った方が懸命である。
「どうした、風邪か?」
スタジオの一階、簡素なドリンクスペースに設置された硬い長椅子に力無く腰掛けたアキラへ、聖南は自販機でお茶を買って手渡した。
いや、と首を振ってペットボトルを受け取るアキラは、いつになくテンションが低い。
「……何かあった?」
体調が悪く見えるほど、アキラの様子が変なのだ。
気になる…というより心配が先に立ち、隣に腰掛けて問うてみた。
するとアキラは、床に視線を落としたまま苦しげに呟いた。
「……フラれた」
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