0❥紅色天賦

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紅色天賦③  学校へは行かなくなった。  事務所にも顔を出さなくなり、スマホを叩き割って誰からの連絡も入らないようにした。  やっと縛られるものが無くなったのに、関係のない大人に構われるのがこの上なく鬱陶しいと感じたからだ。  夜な夜なあてもなく出歩いて、時間を潰す。  自ら見様見真似でピアスホールをいくつも開けた。  アルコール消毒し、氷で麻痺させた患部に躊躇いなくニードルを突き刺す。 気に入ったピアスを自身の金で大量に買い、ジャラジャラと耳に装着していった。  誰も居ない深夜の公園で独りそんな事をして、ジンジンとした痛みを紛らわすように夜空を見上げる。  いい光景だ。 この都会は空気が濁っていて星が一つも見えない。  テレビや舞台で輝いていた「日向聖南」の面影はどこにもなく、絡まれれば迷わず喧嘩に応戦して相手を負傷させる、ただのヤンキーになり下がっていた。  この暗い夜空が、廃れていく自分と重なる。  感情を無くすとどこまでも無慈悲になれる自分が恐ろしくもあったが、「どうでもいい」が口癖になりつつある聖南には、弱者を嘲笑い憐れむ事で自らを生かした。  眠れない聖南は、深夜に自宅に居る事を無意識に拒んでいる。  連絡の付かない聖南を訪ねて、事務所の人間が代わる代わる様子を見に来るのも時間の問題だ。  しかし聖南にはもう、何の熱量もない。  「どうでもいい」のだ。 何もかも。  変わらないと思っていた日常が変わってしまった、聖南の希望を奪い去った父親への怨念以外、心を保つ術がない。  毎日がどうしようもなくつまらないから、早く大人になりたい。 体ばかり大きくなって、心は一つも成長出来ない。  大人になれば徐々にでも感情を取り戻せるのだろうか。  独りで居る事に慣れた聖南の「大人」の意味は、歳を重ねるだけでそれを得られるのだろうか。  聖南の周囲は優しかった。  接する大人達は皆、聖南を大事に思ってくれていた。  だから余計にツラい。  捨てられた自分こそが哀れで、聖南の素性など知らない者達から向けられる視線がまるで同情を含んでいるようで、被害妄想を掻き立てられた。  そのため聖南はつるまなかった。  上辺だけの友人ならいくらでも居る。  だが独りが楽で良かった。  滑り台のてっぺんからくすんだ夜空を見上げて、朝焼けで空が明るみ始めるまで無の時間を過ごし、明るくなってからようやく自宅に帰る。   増えていく両耳のピアスと、喧嘩の場数。  絵に描いたような有名子役の転落人生だ。  親からも愛されなかった自分は、孤独と無感情がよく似合う。 このまま聖南が堕ちていこうと、誰も気にも留めないだろう。  それでいい。 ───どうでもいい。 「日向聖南だよな?」 「……あ? お前誰」  ある日の晩、もはやその公園の用心棒の如く滑り台のてっぺんに陣取って夜空を見上げていると、聖南と同じ雑な金髪の青年に声を掛けられた。  知らない顔だ。  青年は聖南の居る滑り台のてっぺんまで、階段ではなく滑り台の方から上がってきた。 「俺、紅色天賦って族の光太っつーんだけど、総長がお前に会いたいって言ってんだ。 来い」 「はぁ? 族? 嫌だ」 「いいから来いよ」 「なんだよ。 喧嘩してぇの?」  どうやらこの光太は、聖南が芸能人である事は知らないようだ。  喧嘩ならいつでも買うぞ、とポケットから手を出すと、光太は慌てて首を振る。 「違ぇよ、逆! 仲間に入れたいっつってんの。 お前この辺じゃ敵ナシだろ? なのにどこのチームにも族にも入ってねぇらしいじゃん」 「独りが楽だからな。 って事で」 「いやいやいやいや、マジで来てくんないと困るんだよ。 顔が良くて腕っぷしの強え奴ってこの辺じゃお前くらいしか居ねぇし! 連れて来いって言われて連れて行かなかったら俺が総長にボコられんだ!」 「……なんで顔が関係あんだよ」 「知らねぇよ。 とにかく来てくれ! この通り!」  最初はタイマンでも張りに来たのかと思ったのだが、予想とは違う展開に聖南はしばらく考えた。  族、とは暴走族の事だろう。  完全な不良の仲間入りをしてしまうのは聖南の中でも若干の躊躇いがあり、そして何より面倒くさい。  しかし目の前で何分も拝み続ける光太は文字通り必死で、聖南を呼んでいるという総長の元へ行ってやらなければどうなるかは目に見えている。  何の魅力も興味も無かったが、話し掛けられて応対し、関わってしまった以上は寝覚めが悪い事態も避けたい。  非常に面倒ではあったものの、悩みに悩んで聖南は答えた。 「………その総長って奴に会いに行くだけだからな」 「おう! てかお前マジで十四? 老けてんな…グハッ…!」  余計な一言に、聖南の拳が勝手に動いた。  光太のみぞおちに軽めのパンチを食らわせると、見るからに軟弱そうな光太がよろめいて腹を抱える。  この滑り台の主である聖南は、てっぺんからジャンプして地面に着地し光太を見上げた。 「老け顔は歳取らねぇから長い目で見りゃ得なんだよ」  そう言って薄く笑う大人びた聖南は、いくら体が出来上がりつつあっても、誰がなんと言おうと十四歳。  後先を考えられない、善悪を教えてくれる者も身近に居ない聖南は、まだこの時中学二年だった。
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