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靴音が響く。それはまっすぐにこちらに向かってくる。歓喜の震えが男の全身を駆け抜けた。
靴音がやむ。相手がこちらを観察している気配がする。驚いた顔で見つめているのか、反応に困って口を噤んでいるのか……あるいは自分のことなんて、とっくに忘れているだろうか。
「待っていたんだ、ずっと会いたかった。――以前きみは、アレが世紀の大発見だと信じると言っただろう。まさしくそのとおりになったよ……ああ、きみは、私の失くしたという嘘を信じたかもしれないね。きみはそういう人間だ……アレは、真っ赤で、いいにおいがして、美味そうだったろう? とんでもない! 苦味が強くて、とてもじゃないが食えたものではなかった。そうさ、食べたんだよ。そして私は、こんな姿になった。寄生植物というのは聞いたことはあったが、ヒトに寄生するものがあるとは知らなかった。ああ心配しないでくれ、根は臓腑を食い破り、骨に届くほどにまで全身に蔓延っているけれど、私は生きている」
男は自分の身体に巻きついたつるに触れた。男の背中で一輪、カラスアゲハの鱗粉を振り撒いたような美しい色の花が大輪を咲かせている。きっと夜の今でも、いや夜だからこそ、かすかなひかりを反射してその輝きは夢幻の万華鏡のような陶酔をもたらす。
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