カフェテラスにて

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*** 「小学校のとき、先生が言ったんだ。おれという一人の人間が生まれてくること自体、海に落とした針の穴に糸を通すくらいの、ものすごく低い確率で起きた奇跡だって」  わけ知り顔に少年は語った。 「だから、おれとおまえが出会ったのも奇跡だし、おまえがアレを見つけたのだって奇跡だよ」  背筋がむず痒いのは、べたべたに汗をかいたせいだ。少年の純粋すぎる言葉を正面から食らって、こころがざわついたからではない。押し黙っていると、先を行く少年が振り返る。短く刈りそろえた前髪のあたりに片手を翳して、こんなやつでも陽射しはまぶしいのか、とぼんやり考えた。  二人一緒に学校を出るとき、少年は彼に自転車を示して、乗ってくだろう、とまるで決まったことのように言う。彼も、一も二もなくうなずいて、荷台にまたがる。二人乗りを注意する生徒指導の先生の制止を振り切って少年がペダルを踏みこめば、自転車は緩やかに坂を下り、あとは重力に逆らわず、徐々にスピードを増してゆく。
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