コーヒーみたいな夜

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 夕飯の用意もあらかた終わって、作りおきまで用意して。暇を持て余したわたしがコーヒーを淹れようと湯を沸かしはじめたとき、玄関にようやく彼が帰ってきた音が響いた。 「おかえりなさい」  慌てて出迎えると、彼は靴を脱いでいるところだった。ひどく疲れたような、顔を見たくないとでもいうような、背中越しの彼の視線と交錯した。 「何でいるの」 「……いちゃダメだった?」  ああ今日は機嫌が悪い日だ。彼から受け取った背広からは、いつもより強く、汗と雄のにおいがした。  背広をハンガーにかけて片づけたあと、キッチンに戻れば、しゅんしゅんと音がして、注ぎ口の先が細くなったケトルからは湯気が勢いよく立ち昇る。ネクタイを緩めながら見つめる彼に、「飲むでしょう」と言って二杯分の挽いた豆をドリッパーに入れた。お湯をそそいだあとは、蒸らすこと三十秒。姉の口癖を声に出さずにつぶやく。コーヒー豆にじんわりと湯が浸み込んでいく。  後ろからかき抱くようにして、彼がわたしの肩に頭をすり寄せる。それだけで、わたしのへその下あたりがきゅんとした。
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