コーヒーみたいな夜

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「来るのは勝手だけど、泣いたってしらないよ」  ぶっきらぼうなもの言いながら、ちゃんと言葉にしてくれるところが、彼の優しさだと思う。何も言わずに、めちゃくちゃにしてくれていいのに。逃げ道をつくろうとしてくれるから、わたしはよけいに彼から逃げられない。  ケトルをそっとテーブルに戻して、わたしは振り向いた。 「……して」  身代わりに、して。わたしから願ったことだった。  夕飯はすでに冷めていたのでべつによかった。ただ、淹れはじめてしまったコーヒーは蒸らす時間が長ければ長いほど雑味や渋みが増す。淹れるだけ淹れてしまいたかったのに、彼はそれすら許してくれなかった。寝室に向かうのさえ億劫そうで、わたしはソファに身を沈める。彼の節くれだった手がわたしに触れた。
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