コーヒーみたいな夜

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 どうかこのまま、ひと思いに。そう願えば願うほど、この世は思いどおりにならないつくりになっているらしい。彼の手が止まって、気が散るのか視線がさりげなく窓際を行き来する。カーテンの隙間が少しだけ空いていた。 「あ……ごめんね。きっちり閉めたはずだったのに」 「いい」  さっきまでわたしに触れていた手でカーテンを閉め、彼は仕切り直したが、わたしも彼も浮かされるような熱を取り戻すことができなかった。重なった唇も、絡まる舌も、温もりは感じるけれど全然甘くない。 「苦い」 「うん、苦いね」  はっとして、だんだん下へと唇を滑らせる彼の少し伸びたえりあしを指で軽く梳いてみる。彼のにおいと整髪料の香りに、少し安心する。  今のはわたしと彼のために用意された科白じゃない。遠い記憶のかなた、盗み聞いてしまった姉と彼の会話だった。
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