コーヒーみたいな夜

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 わたしが星を見上げるのをやめても、姉と彼は月に一度、思い出したように予定を擦り合わせてふたりだけの天体観測を楽しんでいるようだった。三人ではじめたころはレジャーシートと姉愛用のマグボトル、最低限の持ち物だったというのに、次第に星座早見やら双眼鏡やら毛布やらが増え、そんなささやかなことすら幸せだというように姉はせっせと手入れをした。ときどき彼へのちょっとした愚痴や不満をこぼしながら、姉が丁寧に丁寧に、ふたりの持ち物をぴかぴかになるまで磨き上げるものだから、それらはいつまでも新品のようだった。まさか新品のようなまま処分される運命だったなんて、わたしも、もちろん姉だって、想像していなかったことだろう。 「きれいなウエディングドレス姿を、拝めるものと思っていたのにねえ」  三年前、突然に運命の悪戯は訪れた。黒い服を着た人の波がわたしたち家族の前で頭を下げていく景色を、わたしは呆然と見送った。黒服の波の中に彼もいた。彼はわたしたちの前では泣かなかった。握りしめた拳が震えていたことだけ、なぜかはっきりと憶えている。
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