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「『ハンカチにアイロン』屋です。あなたのハンカチを持ってきました」
み空色のハンカチを差し出した。新婦はゆっくり振り向くと白い手を出して受け取った。ぼくを見る目は優しい。なぜか懐かしい感じがした。
「ありがとう。夕べは雪が降ったのね。ここまで来るの、大変だったでしょう」
「大丈夫です。今日はおめでとうございます」
ぼくの言葉に新婦は小さくため息をついてまつ毛を伏せた。
「実は私、2回目の結婚なの。だからこんなに大きな式はしたくなかったのだけれど」
美しい新婦は、かわいそうにうつむいたままぽつりぽつりと話した。
「ごめんなさいね、子どものあなたにこんな話をして」
こんな仕事をしているといろいろな話を聞かされるが、わかる時もあればわからない時もあった。
「1回目の時は本当にひどい旦那でね。別れるときに、生まれたばかりの赤ちゃんを連れていかれてしまって」
手にしたハンカチに涙がこぼれた。
「結婚が決まってから、あの子のことばかり思い出すの。いえ、あの子のことを忘れたことは一日もないわ。自分ばかり幸せになっていいのかしら。あの子はどうしているかもわからないのに」
きれいに化粧をした目をそっと拭った。その時、新婦からポロンと光るものがこぼれた。
……ダイヤモンドだ。ぼくは息が止まりそうになった。
「無事に生きていれば、そう、ちょうどあなたくらい」
新婦は目を細めてぼくを見た。この人は、もしかして。きっと。
「……お子さんは、お母さんの幸せを願っていると思います。親にどんなことをされても、嫌いになれるわけがないんだ」
ぼくの言葉に新婦はまた涙を流した。
「さあ、泣くのはやめてください。せっかくのはれの日に」
新婦はみ空色のハンカチを握りしめて言った。
「私、あの子のことを探すわ。一生かかっても。今は何の手がかりもないけれど」
その時、立派に身支度した新郎が部屋に入ってきて、ぼくを訝しげに見た。
「どうした」
「大丈夫よ、この子は『ハンカチにアイロン』屋さん。このハンカチを届けてくれたの」
み空色のハンカチを振って見せた。
「ああ、そうだったね、アイロン屋さんありがとう。じゃあ行こうか」
新郎は新婦に優しく声をかけ、その手をとった。
「じゃあね、アイロン屋さん。雪の中ハンカチを届けてくれてありがとう」
新婦は振り返って微笑み、ふたりは仲睦まじく出て行った。ひとり残されたぼくは床に落ちたダイヤモンドを拾った。あの女性が、ぼくの、お母さん……?
とにかく森に戻ろう。まだどきどきしながら重い扉を開けると、真っ白な雪景色が目に飛び込んできた。眩しい。ぼくは目を細めながら外へ出て、とぼとぼ森に向かって歩いた。
その後もぼくはいつも通り、森で暮らしている。お母さんはああ言ってくれたけれど、新しい家庭を持つのにぼくはじゃまだと思う。次に生まれてくる弟か妹は絶対に手放さないでね。よかったらまたハンカチにアイロンをかけるから注文してほしい。ぼくはふたつになったダイヤモンドを手のひらにのせた。純白の輝きを見ていると、あの日のお母さんの笑顔を思い出して涙がこぼれた。ポロン、それは一粒のダイヤモンドになって手のひらに落ちてきた。
*The end*
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