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新名透人がキャンプサイトの芝の上に車を停めた時には、すっかり日は沈んでいた。寒い冬の夜らしく、星が無数に煌めく下で、ランタンを灯し、手早くテントを張る。
クロスオーバーのベンツから、束になった薪を取り出し、焚き火台をセットし、着火剤に火をつけようとして、透人は痛恨のミスに気がついた。
チャッカマンを忘れた。透人はタバコも吸わないから、マッチもライターもない。
うーわ、これだから仕事帰りのキャンプは困る。念入りに準備したつもりでも、必ず何か漏れがある。一旦山降りて、近くのコンビニまで行くしかないか?
自分のミスに大きく溜息を吐き出す。近くと言っても、恐らく5キロ圏内にコンビニは無い。最後のコンビニです、という立て看板を見てから、キャンプ場まで20分は走ったはずだ。
どうしよう。そう思った透人の目に映ったのは、オレンジのテントと焚き火の灯りだった。
平日の冬の夜に、こんな山間のキャンプ場に来てるのは自分だけだと思っていたのに、同じような人はいたらしい。
――あの人に火を借りよう。
困った時はお互い様だ。透人は、迷わずその灯りの方に向かった。
だが、焚き火の前に座ってる人物を見て、透人は呆気に取られる。
――女の子だ。まだ若い――。
カーキ色のモッズコートを羽織り、ボトムはスキニーの白いパンツ。髪は夜目にも鮮やかな金色で、センターよりやや左で分けて、白い額はほぼ全開だ。
三日月のような形のいい眉の下には、青みがかった瞳が、透人を不思議そうに見つめている。――外国、人?
日本人離れした容姿に、透人は一瞬たじろいでしまう。英語で話しかけるべきか日本語で話しかけるべきか、透人が迷ってる間に、彼女の方から声を掛けてきた。
「こ、こんにちは、あ、こんばんは、だね」
若干ぎこちない挨拶をしてから、彼女は青い瞳を限界まで細めてにこりと笑う。誰もが見惚れずにはいられないような、華のある笑顔だった。
――掃き溜めに鶴。そんな諺が透人の脳裏を過る。こんな暗くて寂しい場所には似つかわしくない笑顔だった。
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