1 一期一会

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「こんばんは。えっと――1人?」 彼女の後ろのテントはソロキャンプ用の小ぶりなモノだと一瞥で判断はしていたが、念の為聞いてみる。 彼氏と来てる女の子に声を掛けると、あとあと面倒臭いことになるのだ。 「うん!」 彼女は何で透人がそんな質問をするのかわからないくらいの、屈託の無さで答えた。 ソロなのか、こんな寒い日に、こんな寂しいところで。 つい、余計な詮索をしたくなるのをぐっと堪えて、透人は火を起こす為の道具を借りられないか、彼女に尋ねる。 「これでいい?」 彼女は即座にポケットから100円ライターを取り出した。使ってるキャンプ道具も、カセットコンロに折りたたみのビニル椅子。何処の家にもありそうなもので、自分のようなベテランキャンパーとは違いそうだ。 それにしては、冬のソロキャン。しかも、女の子1人。ちぐはぐさが気になるし、危うく思える。 けれど透人は「ありがとう」とお礼だけを言って、彼女からライターを受け取った。 受け取った時に、モッズコートの袖から伸びた折れそうな細い手首が、透人の目に止まった。ふと見ると、チェアの横にはカップ麺の空箱。どうやらこれが、彼女の夕食だったようだ。 ――とりあえず、火のお礼に飯くらい、誘うか? このまま借りるものだけ借りて、何もしないのは申し訳ない気がした。ギブ&テイクは商売の基本だ。貸しを作るのは性格的に好きではない。 「俺はこれから飯にするけど、良かったら一緒に食べるか?」 とは言え、(例えカップ麺であっても)夕食は済ませてるみたいだし、初対面の男に誘われても断るだろうと、半ば予想して一応誘う形を取っただけだ。 だが、彼女の答えは透人の想定外だった。 「え、いいの?」 それがまた、おもちゃを買ってもらえる子供みたいな満面の笑みだった。 ――いちいち予想外なんだけど、なんなんだ、この娘。 「じゃあ、こっちに」 透人が背を向けて歩き始めると、彼女もいそいそとついてきた。 キャンプの出会いは一期一会。だがこの出会いが、お互いの人生を大きく変えることになるなんて、紗良も透人もまだ想像もしていない。
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