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今まで何ひとつ不自由なく生きてきた。大抵のものは欲しいと思う前にこの手の中にあった。心の底から湧き上がる手に入れたいという渇望は、透人が初めて味わうものだった。
「ゆき…と」
寒いはずなのに、紗良の頬はほんのりと赤みを増す。嬉しさを押し隠せていない表情が、透人の喜びと愛しさも増幅させる。このまま頬に手を添えて、唇を重ねたくなるのを、透人はぐっと堪えた。
先に彼女には伝えなきゃいけないことがある。それを知って尚、彼女の透人への気持ちが変わらないかは未知数で、本音を言えば告げるのは怖い。
今、彼女が透人に抱いている好意も信頼も、全て瓦解してしまうかもしれない。それでも――。
「紗良が驚かすから、落っことしちゃった」
抱擁を解いて、透人は地面に落ちた鍋や器具を拾う。
「だって、流れ星見えたら絶対に言おうって思ってたんだもん」
ああ、そんな願掛けしてたんだ。全然気が付かなかった。
「けど願い叶ったよ、スゴイ。透人も紗良好きなんだよね。えっと…日本人の好きっていっぱいあるから難しい。けど。likeじゃなくてloveだよね」
「疑ってるの?」
「だって透人にはもっと大人っぽい女の人が似合いそう」
「買いかぶりだよ。僕はそんなにモテないし、大人でもない――。その証拠に紗良にずっと言えないでいたことがあるんだ…」
「え」
「僕の話、聞いてくれる?」
「透人が自分のこと話すの珍しい。いくらだって朝までだって聞くよ!」
テントに戻る道すがら、紗良の足取りはスキップでもしてるみたいに軽く、表情は明るい。対して、透人の顔つきは一層険しくなっていった。
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