1 一期一会

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1 一期一会

パチパチと火の粉が爆ぜる。種火がやっと大きくなって、紗良は両脚を抱え込んでいた手を伸ばして、火にかざす。めらめら燃える焚火の炎が冷え切った手を暖めて、紗良はほうっと大きく息を吐き出した。 ――冷えるなあ、今日は。 紗良が今いるのは、北アルプスの麓のキャンプ場だ。夏の間は、避暑も兼ねて、家族連れなど多くの人が訪れるが、11月も半ばを過ぎ、山のてっぺんがうっすらと雪化粧を始めるこの季節の、しかも平日に、わざわざ訪れる人は少なく、紗良がテントを張った周囲に、見渡す限り、テントも人影もない。 夕方まではキャンプ場の管理人がいたが、夜間は帰ってしまった。ポツン、とこの世界に自分一人しかいないみたいな錯覚に陥りそうになる。 けれど、それを寂しいとか孤独だとは、紗良は感じなかった。 持ち込んだカセットコンロに、やかんも兼ねた寸胴の鍋をかける。ぼんやりと、お湯が沸くのを眺めていた。 夕闇の中でも山の稜線ははっきりとその姿を(かたど)る。空気が冷えて、澄んでいる証拠だろう。 ラジオではピアノのインストゥルメンタルに載せて、明日の天気予報を報せている。夕方から雨らしい。しかも強めの。 今日でキャンプ生活3日目になるが、どうやら明日にはテントを畳んで、一旦何処かに避難した方が良さそうだ。 とは言え、快適な避難場所なんてあったら、冬のこんな時期にキャンプなんてしていないが。 ――近くのネカフェかなあ。お金、いくらあったっけ。 心細さを感じながら、沸かしたお湯をカップラーメンに注ぐ。今日初めての食事だ。 暖かな食事が喉を通過して胃に落ちていくと、中から暖まり、元気が出てくる。 「おいし…」 日本で一番売れてるカップ麺で、もう何度も食べているが、食べ終わると自然にそんな感想が口をついて出てくる。 前さえ向いてりゃ何とかなる、は既にこの世にいない紗良の祖父の口癖だったが、本当にそうだと思う。 たとえ、帰る家が無くても、たとえ所持金が2500円でも。(もちろん貯金も無い)
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