696人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
1 一期一会
パチパチと火の粉が爆ぜる。種火がやっと大きくなって、紗良は両脚を抱え込んでいた手を伸ばして、火にかざす。めらめら燃える焚火の炎が冷え切った手を暖めて、紗良はほうっと大きく息を吐き出した。
――冷えるなあ、今日は。
紗良が今いるのは、北アルプスの麓のキャンプ場だ。夏の間は、避暑も兼ねて、家族連れなど多くの人が訪れるが、11月も半ばを過ぎ、山のてっぺんがうっすらと雪化粧を始めるこの季節の、しかも平日に、わざわざ訪れる人は少なく、紗良がテントを張った周囲に、見渡す限り、テントも人影もない。
夕方まではキャンプ場の管理人がいたが、夜間は帰ってしまった。ポツン、とこの世界に自分一人しかいないみたいな錯覚に陥りそうになる。
けれど、それを寂しいとか孤独だとは、紗良は感じなかった。
持ち込んだカセットコンロに、やかんも兼ねた寸胴の鍋をかける。ぼんやりと、お湯が沸くのを眺めていた。
夕闇の中でも山の稜線ははっきりとその姿を象る。空気が冷えて、澄んでいる証拠だろう。
ラジオではピアノのインストゥルメンタルに載せて、明日の天気予報を報せている。夕方から雨らしい。しかも強めの。
今日でキャンプ生活3日目になるが、どうやら明日にはテントを畳んで、一旦何処かに避難した方が良さそうだ。
とは言え、快適な避難場所なんてあったら、冬のこんな時期にキャンプなんてしていないが。
――近くのネカフェかなあ。お金、いくらあったっけ。
心細さを感じながら、沸かしたお湯をカップラーメンに注ぐ。今日初めての食事だ。
暖かな食事が喉を通過して胃に落ちていくと、中から暖まり、元気が出てくる。
「おいし…」
日本で一番売れてるカップ麺で、もう何度も食べているが、食べ終わると自然にそんな感想が口をついて出てくる。
前さえ向いてりゃ何とかなる、は既にこの世にいない紗良の祖父の口癖だったが、本当にそうだと思う。
たとえ、帰る家が無くても、たとえ所持金が2500円でも。(もちろん貯金も無い)
最初のコメントを投稿しよう!