第1話 終わりのはじまり

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第1話 終わりのはじまり

 徹夜明けに会社の会議室から見上げた空は、朱色から群青色のグラデーションに染まる朝焼けだった。  夜とも、朝とも言い切れない、曖昧なこの時間の空の色が、私は一番好きだ。  ITコンサルタントとして10年ほど働き、仕事にも人の心にも、100パーセントの正解はない、と、だんだん強く感じるようになったことと関係しているかもしれない。あるいは、徹夜するほど夢中になれる仕事から得られる、達成感の喜びを知ってしまったからかもしれない。  今日は、1年がかりの調査・検討を経た、大型プロジェクト受注に向けた最終プレゼンテーション当日。  願掛けのように1年伸ばした髪をシュシュで束ね直し、凝った首筋を揉んだ。  さすがに三十路を過ぎてから徹夜は身体に堪える。窓ガラスに映る自分の顔を、他人事のように客観的に眺めた。目尻や口元、頬のラインは、最近、少し緩みが出てきたかもしれない。 鼻や口などのパーツが、小さく甘い雰囲気で、輪郭も卵型なので、32~33歳くらいまでは、「童顔だね」と言われることが多かった。  仕事柄、年上の男性クライアントと接することが多いので、子供っぽく思われて舐められたくない、という時は、6センチ以上のヒールを履き、身長170センチは確保するのが、私の「戦闘服」だった。  ジェットコースターのように喜びも悲しみも怒りも駆け抜けた、あっという間の1年間だった。  「この日がやっと来た」という安堵感と、お祭りのような日々が終わるのが残念なような、複雑な気持ちが胸中を去来する。  会議室内を振り返ると、備え付けの椅子を並べ、その上に横たわって窮屈そうに束の間の睡眠をとっている、戦友であり最愛の人、穂村さんの無防備な寝顔が目に入った。  彼の寝顔を見るのも、これが最後になるだろう。  穂村さんは、私にとって、最高の上司で、最高の恋人だった。  そんな彼の唯一にして最大の欠点は、既婚者であることだった。
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