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エピソード 3
予想通り、翌日からお客が一人も来なくなった。
俺がホールに出ていても一人も、だ。
おじい様は「あいつらの嫌がらせに違いない」と言ったが、それ以外考えられなかった。
このまま黙って見ていては店はたちまち立ち行かなくなり、売りたくなくても最悪の形で売らざるを得なくなるだろう。
「タカシさん、ごめんね。大変な事に巻き込んじゃって…」
花音はそう言ってすまなそうな顔をした。
辛いのは自分たちだろうに、ただ厄介になっているだけの俺を何で気遣えるんだ?
あぁ父親と重ねて見ているからなのか?
そう思うと胸がちりりと痛んだ。
「俺は、花音の父親ではないぞ」
言うつもりなんてなかった。
そんな事を言ってしまえば大事な花音が傷つくのは分かっていた。
「え?タカシさんの事父さんだなんて思ってないよ?」
きょとんとした顔で花音は言った。
「しかし、おじい様が…」
「じいちゃんがそんな事言ったの?そりゃあ最初にホールに立つタカシさん見た時は父さんかと思ってびっくりしたけど、タカシさんと父さんでは全然違うよ。タカシさんめっちゃ恰好いいじゃん。ふふ」
頬を真っ赤にしながら言うものだから俺の頬も熱を持つ。
「俺ね、タカシさんの事好きだよ。すごく年上でやる事なす事スマートで完璧なのに皿洗いができなかったり、ドヤ顔してみたり、そんなタカシさん恰好よくって可愛いと思うんだ。店がこんな事になってもタカシさんにどこにも行かないでって思ってる。我儘でごめんね」
「そうか」
あぁ、俺は既に一番欲しいモノを手に入れていたんだな。
温かくて優しい愛情を。
その夜俺は花音を抱きしめて眠り、翌朝まだ眠る愛しい人のその頭にキスを落とすと一人家を出た。
愛していたよ花音。俺の生涯で唯一の人。
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