人を殺す為の理由なんて簡単な事に

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 俺は今警察官として働いている。とは言っても卒配から一年目の交番勤務でしかも田舎なので特に事件と言う物も無かった。でもそれで良いのだ。俺の様な職業の人間が暇だと言うのは街が平和と言う事になる。それが一番なのだった。  俺の配属している交番は周りをずっと学校に囲まれている。そんな所に有るのだから交番の前を登下校時は小学生から高校生までが呆れるほどに通っている。  そんな子供達の数が一番多い時間には俺は立番をして子供達へと挨拶をする事にしている。交番の前の交差点で交通整理をしながら「おはよう」と子供達に言うと「オハヨー」って返してくれるのが結構ある。  そんな事をしていると子供達は俺の事に慣れてくれている。特に小学生なんて俺が挨拶をしなくても「ハヨー!」と向こうから声を掛けてくる子供だって居た。更に学校帰りにはもちろん俺は立番をしているが、警察官と言う物に興味が有るのか、帰りもしないで質問とか観察をする小学生だって現れた。  俺の眼に止まったのはそんな子のひとりだった。それは高校一年生の女の子で大人しそうな雰囲気で朝なんかに挨拶すると「おはようございます」って返しはする。しかしなんだかその雰囲気に影が有る様な気がしていた。  彼女の事が気になっていた。なのでそんなある日の朝に俺はちょっとアクションをしてみた。 「おはよう。腕がどうかしたの?」  その時彼女は自分の右腕を左手で押さえていたので聞くと、彼女は自分でも気付いて無かったのかハッとした顔になってその手を引っ込めると「いえ、なんでも有りません」とそんな風に言って逃げるように学校へと向かってしまった。  彼女の父親についての通報やその記録が有った。父親は酒を飲んでは問題を起こすことが有るらしい。そして止めようとした彼女が怪我をする事も有った。  それからも父親は騒ぎを起こしたがそんなに大事にはならなかった。またしてもあの父親が暴れているとの通報が有った。今回は巡回中に無線を受けたので俺が一番に到着すると、そこには父親が怒りの表情で立っていた。 「お父さん。今日はどうしたんですか?」  もう顔を知っている人なので優しい言葉で俺がそんな風に言うと父親はバツの悪そうな顔をして、 「ちょっと娘が居なくて…」  今までの勢いはすっかりなくなって父親は大人しくなってしまった。 「すいませんでした!」  すると彼女が急に父親の背後から現れて駆け寄ると、俺に向かって頭を下げてきた。そんな彼女の事を父親が一度睨む様にしたが、もうその次には父親も俺に向かって謝っている。  そんな事をしている間にまたパトカーが到着して、毎度の警ら隊員が現れると、頻発と言う事も有って本署に連れて少々説教する事になった。  なので父親は「すいません、すいません」と言いながら大人しくパトカーに乗って連れていかれると周りは途端に静かな住宅街へと戻り始めた。 「ホントーにすいませんでした」  すると彼女がずっと待っていて、俺にまた謝っていた。 「解ったから、ちょっと話出来る? 別に聴取とかじゃないから」 「はい…」  彼女はちょっと戸惑いながら返事をしていたが、イエスと言う事だったので俺は、 「ちょっと彼女と話をしますので残ります」  と交番の先輩達に告げると、先輩達は「相談にのってやれ!」と言って帰ってくれた。しかし周りにはまだ近所の人の目が有るので俺が散らせようとしようとしたら、彼女が俺の袖を掴んで「こっちに…」と言って彼女の家の隣の工場に続いている川沿いの道を進み始めた。  その道は工場の通用口の為だけの道で、その門を過ぎてしまえば段々と道は狭くなって無くなった。すると彼女はそこで俺の方を振り返る。この場所は道の末端で住宅はおろか工場の通用口からもその高い壁に阻まれて見通しが出来なくて人も居ないで話すには丁度良かった。 「なるほどね。最近はここで暇つぶしをしていたのか」  彼女が毎日の様に家に帰らないでボーっとしていたのを巡回の時に気が付いた俺は最近になってそれが見えなくなったので、そういう事なのかと推理していた。 「すいません。家に帰りたくなかったので…」  すると彼女はまた申し訳なさそうな顔をしながら謝っていた。 「もしかしてなんだけどさ、暴力とか受けてない?」  ずっと気になっていた彼女の影の雰囲気を聞こうと思っていた俺はその領域に踏み出した。 「…お酒を飲むと機嫌が悪くなって」  彼女はそれから話をしてくれた。彼女の父親は一年程前に仕事をクビになってから酒の量が増えて、時折虫の居所が悪くなると彼女に当たる様になったらしい。元々彼女の家は父子家庭なので逃げ場はないので学校が終わると彼方此方で彼女は時間つぶしをしていた様だった。 「そうなると、虐待だから児童相談所に連絡して君を保護、若しくは父親を傷害で訴える方法が有るけど…」 「どっちにしてもお父さんは私の事を探すと思います」 「逮捕しても酒が無ければ冷静で大人しいからそうなるかもしれないけど、保護なら施設にはなるけどそうならない様にすることも出来る」  俺は勉強したありったけの自分の知識で彼女の相談に答えようとしていた。 「お父さんが生きてる限りは安心して暮らせません。多分あたしがおとうさんに殺されるか、お父さんをあたしが殺すかしか、あたし達には道が無いんです」 「ごめんなさい、こんな話をして…でも一つだけ話を聞いて下さい」 「話って?」  俺は泣いている彼女にどうしたら良いのか解らなかったが、つい手が伸びて彼女の頭に手のひらを当てていた。すると彼女は顔を挙げて更に涙を流して、 「貴方の事をあの交番で見てからずっと好きでした」  そんな健気な事を彼女は言っていた。その言葉に俺は心が痛くなって今までの常識の全てが壊れてしまう様な気がしていた。  すると彼女は頭に有る俺の手を取って、 「聞いてくれて、ありがとうございます」  と言うとまた涙と笑顔を同居させていた。そんな風に彼女は全ての話を終わらせたと言う雰囲気を作り出して俺の手を離した。  しかし俺はそんな彼女の事を見詰めると一歩踏み出して彼女の事を抱き締めた。彼女の事を特別に想っていた俺が居るのは解っていたのでそれを現していた。 「君の思いは変わらないのかな?」  二人で海に向かってそこに有る夕陽を眺めながら話をしていた。夕日は海に沈む事も無く島に隠されてしまって一番綺麗な時間を無くしてしまっていた。 「うん。ごめんなさい。やっぱりお父さんはそんな事で諦めないし改心なんてしないと思う。方法は一つしかない」  彼女はしっかりとそして淡々と話しているけれど、その言葉の端々には寂しさすらも有る様な気がして彼女が父親の事を想っているのかと思ったがそんな雰囲気でも無かった。彼女はずっと俺の事を気にしていた。恐らく想ってくれてたのは俺の事なんだろう。 「すいません。私の事は忘れて下さい。この間言った事も全て。そして恐らくこれからは普通の被疑者と警察官になりましょう」  彼女の言葉はとても他人行儀だった。 「俺が殺すよ…」  そんな言葉を言っていた。すると彼女は驚いた様な顔をして俺の事をジッと見ていた。しかし次の瞬間に首をブンブンと振った。 「そんな事は頼めない…貴方に罪を背負わしたくない」 「ありがとう。だけど、俺は君の事が好きなんだ。だからこの願いは叶えてあげたい」  彼女はもう泣き始めていた。ただ自分の思う通りに進んでいる事の涙なんかじゃな無かった。俺の事を想ってくれてそれを悲しみ喜んだ綺麗な涙だった。 「だけど、貴方は警察官なのに…」  彼女は俺に縋り付く様に泣き始め、涙で潰された声でまだ俺の事を気にしている。 「そんなのはもう関係無い。君が人を殺すなんて事を阻止したいだけなんだ。その為だったら俺は罪だって怖くない」 「あたしはどうなるの? 貴方にお父さんを殺してもらって、貴方の居ない所で簡単に暮らせない!」  もう存分に彼女は泣きじゃくっていた。その言葉は俺や彼女自信が人殺しになる事よりも二人が離れてしまう事を恐れている様だった。 「だから、バレないように殺す」  俺はそう言うと彼女の肩を掴んでその顔を見た。もちろんそんな事を言われた彼女はキョトンとしてまつげに涙の粒を残しながら俺の事をジッと可憐に見ていた。  そんな彼女にこれまでに俺が考えた殺人計画を話した。それはとても時間の掛かる方法だったが、それ以外に方法は無いと思っていた。  その話から俺と彼女は単に顔を知っているくらいの警官と高校生になった。もう恋人だったのにそんなのを忘れた様な日々は二年が過ぎた。  彼女には随分と待たせてしまった。その間も彼女は父親からの暴力から逃げ耐えて居たと言うのに俺が刑事課の殺人も担当する強行犯係に異動するのに思ったより時間が掛かってしまった。でも彼女の高校を卒業するまでには間に合った。俺は人を殺すためにこの仕事を選んだんだ。  そして計画を実行に移す日が近付いて俺は久し振りに彼女が暇を潰しているあの通れない道へと向かった。俺は彼女の家を越え道を進んで工場の通用口を通り過ぎてカーブの先を見た。そこには二年前と同じ様に彼女が居た。 「久し振り」 「うん。久し振り」  そんな彼女から現状の父親の事を聞くと状況は全く好転していなかった。あれからも酒を飲んでは暴力が有って、通報の数が減ったのは単純に近所の人が慣れてしまったのと、彼女がとことん逃げる様になったからだった。  彼女は日が暮れてもこの場所で過ごして、父親が酒で眠ってしまってから家に帰る様にして、それでも顔を合わせて暴力を受けそうになったらもうその時は言葉通り逃げていたらしい。だから彼女の父親は時々近所を騒がす事は有っても彼女への暴力は無い様に近所からは見えていた。  しかし確実に彼女への暴力は続いていた。逃げきれなかった時に殴られた傷や痣は確かに彼女に残ってそれは心にまで深く傷をつけていた。  俺はそんな彼女の事を思うとこんなに待たせてしまって申し訳なくて、そして彼女が俺の約束を健気に守ってくれていた事が嬉しくって涙を流しながら彼女の事を抱き締めて居た。  そして殺人計画は進んだ。  俺の相棒となった刑事はベテランで、ちょっと優秀そうだったけど、問題は無い。俺の考えた計画は完全犯罪なんかじゃない。ちゃんと騙せる様になっている。  彼女と関わる機会の為にワザと通報される様にした。細かい事から始まると父親には通報された事がこれまでに有ったので彼女への暴力が有るとされて生活安全係から俺達の元へ協力要請が有った。  そして俺はベテラン刑事と一緒に彼女の家に向かう。彼女はちゃんと計画通りに人目の付くところで暇を潰していた。それは家庭内暴力が有る証拠で彼女の父親が普通では無いと言う事の証明の為だった。  しかしこんな事が必要無かったかの様に彼女の父親はもうその時には十分に近所のトラブルメーカーになっていた。  そんなある日の事件の終わりに俺は計画を進める事にした。 「出てきます」  退勤の時にベテラン刑事に伝えると「出しゃばるなよ」と聞こえたがそんな事は全く無用な話なんだ。有る意味で俺は完全に出しゃばるし、でも表面的には全く出しゃばらない予定になっている。  俺は勤務後に彼女の家の近くまで辿り着くと人が居ない事を確認してその並んでいる住宅を通り過ぎた。そしていつもの道の端っこには彼女が待っていた。 「本当に良いんだよね?」  俺が最後の確認の為に彼女に言うと、彼女は俺の事を見詰めてからしっかりと頷いていた。  さあ、これからが本題だ。彼女はずっとこの場所に居る事にしてもらう。  そして俺が彼女の家を監視している事を知らせなければならない。その為には近所の人に俺の姿を見せなければならない。  近所をうろついて人を見かけると声を掛けた。流石に権力の有るバッジによって住人は簡単に安心して俺に頭を下げてまでいた。これでかなり俺自身のアリバイは証明できる。例え彼女の家の監視をしていなくても。  それなので俺は工場の通用口の方へと向かった。そこにはもちろん彼女が見える様に座って居る。 「何人か通って見られたけど…」 「そうかならオッケー。俺の方も目撃されたから。後はずっと端っこで待っていて。ついでに不審者を作っとくよ」  彼女には普段より通用口に近付いてもらっていた。すると運の良い事に残業をしていた人間が居たようだ。そして彼女は素直に従って道の端っこまで移動し始めた。  そして俺の方は通用口の方を確認する。もうこの門を使う事は無くなったのか鍵が掛かっていた。そんなところまで好都合だった。しかもその鍵はチェーンに南京錠が付いているが、それも壊れている。これならば侵入者が居てもおかしくない。  俺は警察のバッジを使って彼女の父親を呼び出した。彼女の父親もちゃんと従って、自分が殺される相手の言う事を聞いて殺される所まで案内された。静かに移動したので近所の人にも見られていない。  父親はもう工場の通用口を通り過ぎようとしている所だった。  俺は今がチャンスだと思ってその父親の背後から覆いかぶさる様にして彼女の父親の口を左手で押さえると、右手でカッターナイフを持っていた。もちろんさっきの軍手をしている。  思ったよりも簡単に淀みも無く、そして父親の抵抗もなくカッターナイフで首を薙いだ。  それと一緒に俺は直ぐに離れたて背後からだったので返り血の一滴も付いてない。調べた殺し方だったがこんなに簡単だとは俺自身思っても無かった。父親は簡単に力を無くして膝から倒れる。その向こうから彼女が今の光景を見ているのが俺からはしっかりと確認できた。  もう彼女の父親の命は直ぐに亡くなってしまった俺と彼女との間には血だまりが広がっていた。  俺はその場から一歩離れると方向を変えて川の方へ向かい血の付いたカッターナイフの刃をしまって軍手で巻いて川の中央目掛けて投げた。これで全ての証拠品が見付かる様に無くなった。そして彼女の事を見た。父親殺しの俺の事を彼女は嬉しそうな顔をして見ていた。  俺が彼女の方へ近付くと彼女は俺に飛びつく様に抱き着いた。そこには悲しみなんて全く無かった。  時間も無いので一分程抱き合ってから、俺は空を見上げた。今日の天気予報では夜には強い雨になる予定だった。さっきから空気に湿り気が有ってかなり冷たくなっている。  そんな俺の顔に水滴が落ちてきた。直ぐに雨になって辺りを洗い始めた。  次の計画として俺は煩く近所の人に警察と救急に通報してもらう。そして彼女にはもう死んでしまっている父親の手当てを頼んだ。  もちろん途端に騒ぎになった。近所の人が意味も解らずに現場に近付くと彼女が必死に止血をしようとしている姿が有って俺もそこに加わって二人で死んでいる父親の手当てをする。  人が殺されている光景に近所の人が慌て戻って通報をした。もちろん父親は救かる筈も無かった。  彼女は父親に付き添い、俺は駆け付けたベテラン刑事に「何が有ったのか」を聞かれた。 「解りません。父親が急に現れたので見付からない様に隠れてたら、人が走って、続いて娘の叫び声が聞こえて…」  俺は人生でこんなに大嘘を付いた事は無かった。それからベテラン刑事には有る事無い事散々言ったので「見た事だけ話せ」と怒られてしまった。しかしこれで間違いはない。  雨が強くなって僅かな証拠を洗い流して事件は難航した。ただこのベテラン刑事だけは彼女の事を疑った。事件から三日が過ぎ、進展は一行に無い。 彼女への殺人の疑いは簡単に晴れる事は無い。それは俺自身が一番解っていた。それそんな事さえも俺の計画だったから。関連する人物で一番怪しいのは彼女になる。なので俺は彼女に疑いが掛かる様にした。しかし実際には彼女は殺してなんか居なくて本当なら殺人の現場も見せないつもりだった。これには予定とくるっていたが問題では無い。そもそも俺が犯人でこの二年間彼女と俺の接点は警官と顔を知っている市民でしか無かったのだから。共謀なんてのも思い浮かばないのだった。  そして時は流れる。彼女は高校を卒業して奨学金と俺からの援助で大学に進んで、俺の方はそれからも刑事を続けたがそれも彼女が大学を卒業する頃に辞めてしまって俺達は都会へ出て二人で暮らす様になった。  しかし二人の愛情はそれからも深まっても結婚までには至らなかった。そこにはやはりあの殺人が有る。俺自身はあの殺人の事を悪いなんて思っていなかったが、俺と彼女が結婚をしてから俺が逮捕されてしまう事になってしまったら彼女をひとりにしてしまう。やっと訪れた彼女の幸せの時間を壊す事は出来ない。 「時効が成立したら結婚しよう」  だからそんな言葉が俺達の合言葉になった。そして十年の月日が流れた。  俺は警察に在籍していた時に勉強して行政書士としてそこそこに生活を安定させていた。もちろん彼女もパートをしながらもう主婦になった気分で居る。  そうして時効が成立する日が訪れた。その日の午前零時になったらあの殺人事件はもう逮捕される事は無くなり、俺達は約束の結婚をする事になっている。  そんな時に俺の前に現れたのはかつての相棒だったベテラン刑事だった。驚く事は無い彼ならばこんな事もするだろうと思っていた。  ベテラン刑事は俺が在籍していた五年間ずっと事件の事を調べていたし、どうやらそれからの十年もずっと調べていたみたいだった。  家に帰ってベテラン刑事には時効の時間まで一緒に過ごす様に促した。俺達の完全勝利の為に。 「もう零時になりますね…」  そう言うと俺はテレビを点けてニュース番組にした。三人がそのテレビを見ると、時刻が零時を回った瞬間にテレビの端っこに表示が有った。  時効は成立してしまって、彼女の父親を殺害した犯人は特別な事が無い限り、逮捕される事は無くなった。 「時効成立だな…もう一度だけ確認の為に聞いて良いかな?」 「構いません」  ベテラン刑事の言葉に二人共が解ったので、直ぐに返事をしたが、どちらもさっきまでの張りつめた空気は無い。 「もう時効だし、真実だけを聞きたい。君は父親を殺してないか?」 「時効とか関係なしにあたしは殺してません」  するとベテラン刑事は何度かうんうんと感慨深げに頷いた。 「そっか、俺の予想は外れてたんだな…すいません。お父さんを殺した犯人を捕まえられなくて」  呟いてからベテラン刑事は頭を深く下げたが、彼女がその肩に手を当て、そして俺もそれに習った。 「構いません。犯人を恨んでませんから」 「貴方の責任じゃ有りませんよ」 「すまない」  ベテラン刑事はそれだけを語って、帰る準備を整えた。外はあの事件の日を思い起こさせる様な雨が降り始めたので、彼女が傘を用意した。ベテラン刑事はその傘をさして二人のアパートを離れるが、その明かりが遠くになった頃に振り返った。 「他に犯人が居るとは思えないんだがな…」  そう呟いてベテラン刑事は街に消えてしまった。  人を殺した人間がそれをかくして生きている。それは恐ろしい事なのかもしれない。しかし、この被害者家族はそんな風に思っていなかった。  そしてベテラン刑事の姿をアパートから俺と彼女が見ていたが、その瞳は一安心したと言うものだった。 「犯人は解らなかったみたいだな…」 「まさかの真犯人だからね…」 「俺達は嘘を付いてないよな?」 「そうだね。あたしは殺してないから」 「俺にも聞いてたら時効は成立しなかったのに」  呟いた俺の事を彼女が振り返って見挙げた。 「そんな事にはなってほしくない…駄目だよ捕まっちゃ」  俺に縋り付く様に彼女が寄り添った。俺はギュッと彼女の事を抱き締めた。そしてベテラン刑事の居なくなった道を眺めてる。 「時効成立だ」  俺と彼女知り合ってから17年、事件から15年、二人の10年、の戦いは終わりを告げていた。 おわり
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