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多津乃湖駅のホームは、3日前に降り立った時と違い、桃の花びらに彩られてピンク色に染まっていた。
「智樹、髪の毛に花びらついてる」
「え、どこ?」
智樹が頭をぱっと払う。
「ちげーよ、反対。こっちだって──」
思わず伸ばした右手が、智樹の髪に触れそうになり──圭志は指を引っ込めた。
「どこだよ」
その時、電車が入って来た。
一陣の風が、ひゅうと吹き抜ける。
「……取れた」
智樹の髪についた桃の花びらは、ひらり、と風がさらっていった。
電車の中は、人がまばらに座っていた。
ゆっくりと発進する電車の窓から、圭志と智樹は外を眺める。
桃の花が、はらはらと散っている。
「あ」
智樹が、何かを見つけて声を上げた。
「あれ、神主さんじゃない?」
「え、どこ?」
智樹の指の先、湖水浴場になっている湖岸を少し行ったところ、遊歩道の桃の枝が張り出した下に、神主が立っていた。
「……ほんとだ。あれ? 一緒にいるの、みあちゃんじゃね?」
ここに来た日と翌日の祭りで遭遇した『みあちゃん』が、女の子を連れて立っている。
神主は、ふらふらと歩み寄るとその場にがくりと膝をつき、覆い被さるようにして女の子を抱きしめた。腕の隙間から、赤い着物が見える。
「………」
側に、金髪の男性が寄り添うように立っている。
電車は徐々にスピードを上げ、流れる景色はすぐに見えなくなった。
「……智樹、お面つけた方がよくない?」
「えっ、いやだよ」
「俺、智樹がお嫁に取られたら泣くよ?」
「何言ってんの」
窓の外、雄大な多津乃湖の穏やかな湖面は、昼下がりの太陽にキラキラと輝いている。
湖に降り注ぐように、桃の花が、はらはらと舞っていた。
(おわり)
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