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3月19日(金)卒業旅行へ
◆
「うわっ! さっぶ」
暖かい車内から一歩ホームに降り立った圭志は、いきなり頬を掠めた冷たい風に思わず目をつぶった。
「ほんと、寒いね! 僕、夏しか来たことなかったから、ここが寒いのって初めてだよ」
続いてホームに降りた智樹は、懐かしそうな顔をして周りを見渡す。
「去年の夏は、受験勉強で来れなかったから。んー、久しぶりって感じ」
人影もまばらな多津乃湖駅のホームからは、雄大な湖が間近に見えた。穏やかな湖面が、昼下がりの太陽にキラキラと輝いている。
3月も半ばを過ぎて、地元の桜木市では寒さもかなり緩んできたが、北の方はまだまだ寒い。
「水辺だから特に寒く感じるんだろうね、夏は涼しくていいけど。圭志、湖で泳いだことある?」
「ねーよ。川で泳いだことならあるけど、水がすっげー冷たかったな」
「湖はそんなに冷たくないんだよ! 多津乃湖は水もきれいだし、すっごく気持ちいいんだから。あー、夏に来たかったなぁ」
残念そうに眉を下げる幼なじみの智樹に、圭志はニカッと白い歯を見せ、背中から抱きつくようにして肩に腕を回した。
「また夏にも来ようぜ! もう高校生になるんだし、バイトして金貯めて来ればいいじゃん。な、一緒に」
「う、うん、そうだね」
不意に肩、と言うか首にも腕を回された智樹は、ぱっと顔を逸らして頷いた。耳がほんのりと赤くなっている。
そんな智樹の顔をこっそりと覗き見て、圭志は少し口角を上げた。
「……よーし、じゃあ行くかぁ!」
「いたっ、もう、引っ張らないで」
「早く早く」
じゃれるようにふざけ合いながら、改札に向かう。
この1年間で詰め込めるだけ詰め込んだ受験勉強も、ようやく実を結んだ結果の春休み。
貴船圭志と佐倉智樹の、2人だけの中学校卒業旅行の始まりだ!
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