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マナーハンターの初陣
僕とヒロキは駅構内のトイレの個室に入り、フリマアプリで入手した駅員の制服に着替え始める。
僕はまだ眠かったので愚痴った。
「まだ早くない?」
「マナーの悪い乗客が目立つのは通勤ラッシュの時だ」
「30分前くらいじゃダメだったの?」
「トイレを使われて、着替える機会を失うかもしれん」
「だからって朝5時は早いよ」
「山手線の始発は4時台からだぞ」
僕とヒロキは向き合って立ち、互いの制服のネクタイや襟などを整え合う。
警察官や警備員の制服などと類似する威圧的意匠の黒ジャケットを羽織り、制帽を被って胸を張れば、誰もが僕達を駅員と勘違いするだろう。
「でも、ちょっと緊張するなぁ」
「良いか。駅員に見られても絶対にビクビクしたり、おどけたりするなよ」
「あくまでも自信満々に、だったね」
「そうだ。犯罪者は警察官を見ると、罪を犯した自分を追い掛けてきたと勝手に勘違いして、自分から挙動不審に振る舞ってしまうんだ」
「分かってる……分かってるよ」
僕は駅員の仕草を装うために、両手を前に組んだ。
ヒロキは僕の動作にも指示を出す。
「手は後ろに組め」
「どうして?」
「前に組めばおもてなし、後ろに組めば立哨だ」
「なるほど……」
初めての罪を犯す……、その緊張感に飲まれて僕はソワソワしていた。
ヒロキにはそれが頼りなかったのだろう。
「お前、童貞だろ」
「なんで今そんな話するの?」
「女の子とHしたこともないような奴の仕草だ」
「男子校だったからね」
「嘘だね。その口ぶりじゃ共学で、女子の方が多い高校だ」
ヒロキに学生時代の話をしたことは無い。
「なんで分かったの?」
「本当の童貞は、自分から童貞ですなんて言わない」
「はっ?」
「明言を避けたり、否定したりするのが童貞なんだ」
「それがバレバレってわけか……」
ヒロキは弱気な僕の顔をじっと見つめる。
「男女平等って真に受けてるだろ?」
「真に受けてるって?」
ヒロキは僕のことをよく分析してくれた。
「お前は、例えば日本の閣僚に女性が少ないなんて報道を見ると、その通りだっと簡単に洗脳されるような男だ」
僕は本当にそう思っていた。
「だって、女性の社会進出が進んでないのは本当だろ?」
「じゃあ、なんで男のお前が女性を立てなきゃいけないんだ?」
僕は返す言葉が出てこなくて、黙ってしまった。
ヒロキは続ける。
「お前が女性を立てて、女性が社会進出して成功しても、女性は誰もお前のことなんか相手にしないよ。女は自分より格上の男としか付き合わないから」
ヒロキは右腕の時計で時間を確認しながら呟く。
「男は自分のことだけ応援すれば良いんだ」
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