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マナーハンターの切っ掛け
僕とヒロキが電車の吊革に捕まっていると、大股を開いてソファに座る初老のスーツ姿の男性客を前から見下ろす格好になった。
僕達も出勤中だからスーツ姿。
男性客は顔を上げて、僅かに鼾をかいて寝ている。
「なぁ、こんなオッサンが社会人だって信じられるか?」
僕はヒロキの皮肉が面白くて笑った。
「まぁ、働いているからね」
「そこに誤解がある」
「誤解?」
「働いていれば社会人って、無条件に信じ込んでいるところさ」
僕にはヒロキの視点が面白かった。
「俺の見立てでは、このオッサンは労働者であっても、社会人ではない。何故なら周りの乗客のことなど何も考えていないからさ」
「労働者が全員社会人ってわけじゃないってことだね」
「社会のルールやマナーを守れるのが社会人であって、ルールやマナーを守れなければ労働者ではあっても社会人ではないんだ」
「なるほどね」
「でもなぁ、これはこのオッサンが寝ているから、俺は語れるんだぜ」
「まぁ、本人に言ったら怒りだすもんな」
「そうだ。最近の日本人は自分が怒れば、相手が悪いと思い込む」
「そうかも」
「ってことは俺がブチギレて、此処に居る乗客達を皆殺しにしても、悪いのは俺を怒らせた此処の乗客ってことになる」
僕はヒロキのブラックジョークに苦笑いを浮かべた。
「あおり運転する犯罪者みたい」
「その通りだ。どいつもこいつも、自分の感情を正義と勘違いしている」
「だから最近の人は、自分が共感出来なきゃ間違いって思うのかな?」
「共感なんて、その人のことを知っているか知らないかの違いでしかないのに」
乗客の男は家で寝るように大きな鼾をかいた。
僕とヒロキだけでなく、周りの乗客も不快な表情を浮かべるのが見えた。
「なぁ?」
「なんだい」
「俺、このオッサン、ぶっ殺したいんだけど?」
僕は嘲笑した。
「じゃあ殺しちゃえば?」
ヒロキは僕の答えが意外だったのが、少し驚いた表情。
「良いのかい?」
「だって共感出来るよ。マナーの悪い乗客を殺してやりたい、って」
僕がそう言うと、ヒロキはオッサンの首を両手で絞め出した。
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