マナーハンターの終わり

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マナーハンターの終わり

「今日でマナーハンターも終わりだな」  裸のヒロキが、分厚い防弾ガラスを通して外を眺める。  無数の北海道警の警察官達と彼らを運んだ警察車両が完全包囲している、4tトラックの(コンテナ)と同じくらいのちっぽけなトレーラーハウス。  僕達が居るのは、トレーラーハウスの中。  フローリングの床にキッチンや冷蔵庫などもあり、ほとんど普通の1ルームアパートだ。 「いつまでも続けられると思っていたのかい?」  僕も裸。  後ろ手に手錠を掛けられ、両腕両足を椅子に縛り付けられている。  左肩にはヒロキが巻いてくれた包帯。 「辞めるつもりで仕事始めるバカが居るかよ!」  ヒロキは外の警察を眺めながら、僕に説教する。 「僕は仕事だと思ってなかったよ」  僕が言うと、ヒロキは僕に向く。  なんて野性的で、強くて、逞しく、鋭い目をした美しい男なのだろう。  僕はヒロキが好きだ。愛していた。  いや、僕はヒロキを愛している。 「じゃあ、マナーハンターは何だって言うんだ?」  僕は答える。 「ただの趣味だよ」 「趣味だと?」 「職業なんて言えるものじゃなかった」 「趣味で人を殺してきたって言うのか!?」 「だって、僕はヒロキに流されただけだから……」  突如、トレーラーハウスの中が停電して真っ暗になる。 「あいつら、発電機を止めやがったな!」  ヒロキは追い詰められているのに威勢が良い。  防寒仕様のトレーラーハウスは暖房さえ点ければ、極寒の地、此処(ここ)北海道の臆受郡(おくうけぐん)高凸町(たかとつちょう)でも十分に温かい。  だが暖房を切られれば、室内は急激に寒くなる。  お互いに裸だしね。 「兵糧攻めか……」  何の意味も無い僕の戦況分析。  燃料で動かすタイプの発電機は室内に置けない。置けば一酸化炭素中毒で死ぬ。それを分かっていない奴が盗まれる心配から発電機を外に置きたくなくて、室内に置いて死ぬ事故が毎年起こる。 「ヒロキ、自首しようよ」 「嫌だっ!」  ヒロキは僕に右手の拳銃を向ける。暴力団員から奪った黒の小型リボルバーだ。たぶん、海外だと女性用。 「俺達が何人殺していると思ってんだ? 絶対に死刑だぞ」 「殺したよなぁ」  最初は『マナーハンター』だった。それが『痴漢警察』を経て、『詐欺狩り』になり、最後は『ヤクザ燃やし』と化した。 「やっぱり、マナーハンターで止めておけば良かったんだ」 「そうかい……」  ヒロキは床にT字型の押しレバーで動く起爆装置を置いた。  ヒロキは僕に優しい微笑みを見せてくれた。 「生きろ」  僕は訊く。 「生きてどうすればいいの?」  ヒロキの眼差しは温かい。 「やがて分かるさ」  ヒロキは両手で起爆装置のレバーを下部に押し込んだ。    トレーラーハウスの周囲のアスファルトが噴火でも起こしたように、爆炎と黒煙を炸裂させて、警察官達や彼らの警察車両、そして僕達が居るトレーラーハウスをも飲み込んだ。  僕達の居たトレーラーハウスは横転して、床と天井が壁になり、壁や窓や出入口が床と天井になった。  ヒロキの姿は消えた。  背中を椅子の背凭れと壁に着けて、仰向けに倒れている僕。  右に向くと、トレーラーハウスの壁に爆弾の火炎が引火して、火災が発生しているのが見えた。  僕は微笑する。 (僕だけは生き残れるなんて、そんな都合の良い話は無いよね)  上を向くと、さっきまで左右の壁に在った窓が今は天井に在って、夜空が見える。  白い満月が1人で泣いていた。
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