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離れ間際に唇を噛まれ、俺は小さく叫ぶ。
「つっ、っテメー」
「楽しみですよ、西岡さんと同じ学校内に居られるなんて。アンタみたいな人がいたら退屈しない」
片手を翻し、堀は中庭の先の林の中に消えていく。そのまま奴がどこへ消えたのかは、俺の知る由もなかった。ただ、ざわざわとする木々の擦れる音だけが静かに俺たちを讃えていた。
αとの授業は、あのエスケープした日から頻繁に入るようになった。一緒の教室で、αとΩの違いを勉強したり、性教育を受けたりする。そして、必ず言うことはお互いを大切に、お互いを尊重するように、その言葉ばかりだった。そこには、βという言葉はまるで存在しないかのようだった。じゃあ、βは何の為に生きている?何の為に存在するのだろう…
手塚巧とは、一体どんな存在だっただろう。
俺にとってあいつは。友であり、ライバルであり…
恋人であり、憎むべき相手であり…今は、悲しさだけが残っているのだ。忘れられるわけがなかった。
でもここでは、βという「言葉」さえも皆忘れている。俺達Ωを尊重すると言っていても、αは多分俺たちを下に見ている。そして俺達Ωも同じ。刻まれた卑下された遺伝子が俺達には組み込まれている。Ωの本来の目的は、きっと子を成すことなのだろう。俺たちは今、孕むために生かされているんだ。それを知ってか知らずか、北原はαの生徒に媚を売ることに余念がない。いつか、自分を孕ませてくれる雄との出会いを夢見ているのだ。滑稽で笑えてくる。こんな決まりきったレールに乗るなんて面白みがない。勝ち負けの決まったギャンブルに身を任すようだ。
「また、サボるの」
ふと掛けられた北原からの声に、俺は無言で掌だけで返事をした。ため息と共に、北原の周りにはαが集まっていく。真面目で気さくで、頭のよく品行方正な北原には友人がいっぱいいた。この中で北原は誰かひとりと番になるのだろうか。飼われて愛されて、そして子供を作って。俺には全く興味のないことに、夢中になっている北原が羨ましくもあり、残念でもあった。
サボって進む教室の廊下。
その、左右に続く窓に、俺は目線をやる。
木々は緑が萌えて鮮やかだった。じっと見る視線の先には、何故か堀という二年生がいた。
「アイツ…堀…」
呟いて、中庭を見やった。
そこには、Ωの男から手紙をもらう堀がいた。
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