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移動教室の後、自分のクラスに戻ろうとすると声を掛けられた。
「西岡さん」
「…」
何か用か、と声を掛ける。そう、コイツは毎日のように俺の所にやってくる。堀だった。
「今日もエスケープですか」
「そんなつもりはねえ」
「へェ、意外。今日はどういう風の吹き回しで」
「…なんとなく、だよ」
「ふーん」
気のない返答をして堀は俺についてくる。真っ白な学校の壁に、堀の掌がくっついて、俺を遮っていた。
「…何のつもりだ」
「一寸、付き合ってもらいますよ」
「俺にはそのつもりはねェ」
「じゃあ、その気にさせますよ。昨日、キスしてた奴、アレ誰ですか」
俺は背筋が凍りついた。身体が固まって動かない。
「言えないって?じゃあ決まりだ。俺について来いって事です西岡先輩」
「…この、クズが」
「何とでも言って下さいよ」
俺は何も言えずに堀についていく。迂闊だった、という思いが俺の心に拡がっていく。あんなこと、別にしなくたって良かったのに。後悔だけが鋭く突き刺さってきた。
堀が連れて来たのは人気のない進路指導室だった。引き戸を開けて、堀は俺を椅子に誘う。
「どーぞ」
「いや、いい。要件は何だ」
「はは。別にそんな警戒しなくても。一体どんな関係か、ただ興味があるだけですよ」
「…前の学校のクラスメイトだ」
「クラスメイトと?ただのクラスメイトとキスしてたなんてアンタとんだ淫乱ですね」
クスクスと笑って堀は言う。
「しかも何でクラスメイトがうちの学校にいるんですか」
「その辺の事情は知らねェ。キスは俺がしたんじゃねェ、向こうがしてきただけだ」
苦し紛れの返答に、堀は声をあげて笑う。
「へえ。よーく分かりましたよ、西岡さんの事が」
じり、と近づいて来る堀。俺は一歩下がる。
「誰でもキスされたらあんなにエロイ顔する、って事ですね」
「…」
黙り込む俺。堀は続ける。
「俺がキスした時、あんな顔拝めなかったですが。もう一度、試してもいいですか?」
「冗談じゃねェ」
「そんな突っぱねて。とんだ野良猫だなァ、アンタ。どれだけ田島先生に心配されてるか、分からないってことか」
本が並べてある進路指導室の棚に、俺は下がりすぎてぶつかった。背も低いコイツに迫られても怖くはない。でも妙に逆らえない雰囲気がコイツにはあった。
「アンタがどれだけビッチか俺が証明してあげましょうか」
「ふざけるなよ」
伸ばした手を払う。それを見ても、堀は狼狽えなかった。
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