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はは、と罰が悪そうに笑う。こいつは、俺がココを出ていく事を知らない。話さなければいけないような気がして、でも躊躇する。誰が聞いているかは分からない。巧に迷惑がかかるのは御免だ。
「早くやっちまおうぜ」
うん、といって北原は紙を拾い上げていく。俺も机を囲んで回るように紙を回収していった。久しぶりにこんな仕事をやるな、と懐かしく思う。田島先生といた頃は、小学校でこういう仕事をよく手伝わされた。ひどく懐かしくて、また田島先生に悪い気がして俺は唇を噛んだ。
夕焼けは夕暮れ、夕闇へと変わっていく。俺はそろそろいい時間の様な気がして、北原に一言言った。
「そろそろ…帰ろうかな」
「ありがとう、もう終わりそうだ。助かったよ」
北原は笑っていた。こいつのこんな笑顔は、初めて見る。そう思った。
もう日が落ちている。巧が迎えに来るかもしれない。教室の引き戸を開けると、北原が呼び止めてきた。
「西岡君、僕も帰るよ。一緒に行かないか」
断る理由もないので、俺はああ、と返事をする。北原は上機嫌だった。
「嬉しいな。西岡君が僕と帰ってくれるなんてそうそうないから」
「…」
そんなに人づきあいが悪い人間だったか。思えば、田島先生と離れてからは人づきあいが少なくなったかもしれない。教室のドアを閉めて、薄暗くなった廊下を北原と二人歩いていく。
「…最近、忙しいのか」
「珍しいね。西岡君から話しかけてくれるなんて、さ」
「…」
俺は何と言っていいかわからず黙り込んだ。
「いや、いいんだよ。僕は忙しいのが性に合ってるから…」
最近は、と北原が続ける。
「西岡君もやっとΩについて学ぶ気になったんだね…本当に良かったと思うよ。αとΩが結ばれることこそが喜びだと僕は思う」
「さあね…それはどうだか」
ペタペタと二人分の上履きの音。俺は否定するでもなく、北原の意見を聞き流す。
長い階段を気怠く降りていく。先に階段を降り切った北原は俺に早くしないと鍵が締まる、と急かした。俺は踵を踏みつぶした上履きでそれでもゆっくり歩いていく。すると突然北原の叫び声が聞こえてきた。
「うわああっ、やめ…何を…」
「北原!?オイ、どうした」
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