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今、あいつは何をしているのだろう。もう俺の事なんて忘れているのかもしれない。ふと自虐的に考えて俺は胸の奥を焦がす。授業も聞かず、居眠りばかりしているのだろうか。前髪がふわふわと揺れる様を思い出して俺は教室の隅に目をやった。 Ωの生徒達は従順で、教師の指導を熱心に書き留めている。俺だけがメモを取っておらず、一人だけ浮いていた。この空間は何なのか。ΩがΩらしく生きるための場所なんだろうか。だとしたら俺は本当に新種のΩなのかもしれない。大体、自分だけが高校で目覚めているのもなんだか納得がいかなかった。 皆、もっと早くにΩとして覚醒している。αに飼いならされるなんて俺はごめんだ、と思う。 「…ですからΩは早くαと言う番(つがい)を見つけて、幸せに暮らすべきなのです」 そういった教師の首には太い首輪が付いている。首輪の下は、αに噛まれた傷があるのだろうか。噛まれるたびに番が変わってしまうのを防ぐため、αに首輪を付けられてしまうのだろう。ここでも差別の現実は否めない。 「運命的な出会いが皆さんにも訪れることでしょう。それに身を委ねるのです」 くだらない、そう思っている自分が抑えられなくて、俺はクスッと笑ってしまった。 「笑っているのは誰ですか?一人の相手を見つける事が正しいのですよ」 強い口調で言う教師に、俺は無視を決め込んだ。そのまま、長い静寂を俺たちは過ごしていく。 遠くで鳥の鳴く声が響く。 この校舎はかなりの僻地で、言うなれば山の中だ。 籠の鳥が逃げないように作られている訳だ。 無駄なこの時間が、一体俺たちにとって何になっていくのか皆目見当がつかないまま、俺は目を閉じて流れに身を任せていた。 当然のように寮があるので、俺たちは5分歩き、学校へと毎朝歩く。まだこの学校に来て3か月で余り勝手がわからないが、なんとなく生活のリズムは掴んできた。起床して、俺たちは量の隣にある礼拝堂に集合する。その、広い場所にグレーの制服が集まるのは不思議な気分だ。俺がいた高校はもともと紺色のブレザーだったので、ネクタイがグレーだった。見る景色、色彩が変化してしばらくは目が慣れていないのだろう。 あの日の手塚の、オレンジに染まった髪の毛、自分のはだけた胸にそっと触れたグレーのネクタイの先。思い出して、胸が痛くなる。
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