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ああ。
ああ…
巧、なんだな…
「ん?どうしたの」
「巧なんだな、って思って」
「あったりめーじゃん。これから二人で逃げるんだぜ、しっかりしろよ。そんなしおらしくされると俺はもうー」
「ごめん…嬉しいんだ」
「はっ。あんまり煽んなよ…」
エンジンがかかった音がする。爆音とともに、巧は鮮やかにバイクを操っていく。小道を抜けると、広い道路に出た。そこから徐々に加速して、バイクは高速道路に入って行く。
「ちょっとあそこから離れるぜ。じゃねーとまた、お前がいなくなっちまう。そんなのはもうごめんだ」
俺は返事の代わりに巧の身体を強く抱きしめた。
長く長く続いていく高速のランプを見つめながら、俺は風と巧に身を任せていた。
「悪ィな。こんなとこで」
巧が連れて来たのはさびれたラブホテルだった。
俺たちは県を越えてここまでやってきた。あの学校があったところは山の中だ。夜に気づかれたらどうしようもない。県をまたぐのはとてもいい方法に思えた。
「いや、十分だよ」
制服のままだと怪しまれる、と巧は途中のサービスエリアで服を買ってくれた。簡単なシャツにスウェット。巧が持ってきたウィンドブレーカーを、俺は脱いでハンガーにかけた。
「何か食う?腹減った?」
「いや、何か…」
「ん?」
「何か胸がいっぱいっていうか」
「はは。何それ。反則だろお前さっきから」
俺は黙り込む。なんて言っていいか分からない。会えて嬉しい、いや違う。ありがとう、も違う。巧に言いたい言葉があるのに、適切な言葉が全くなくて俺は話せずにいる。巧が腰かけているベッドの隣に、俺も腰を降ろす。そして、頭を巧の肩に載せた。
「…何やってんの。疲れた?」
いや、と俺は言う。
「じゃあ何?…挑発?」
「えっ」
「俺がどれだけ我慢してきたと思ってんの。そんな可愛いことされたら、反応しちゃうだろ」
そういう巧の目は、今までみたどの瞳より激しく燃えていた。
「は…反応って」
俺は戸惑いながら巧が俺の頬に手を伸ばしてくるのを見ていた。
「…歩、って呼んでいい?」
「うん」
見つめられていることがもう奇跡か夢か、そんな気分でいる。今、目の前にいるなんて本当に信じられない。
「夢見てェ…」
こっちの台詞だ、と思う。
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