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あれは幻なんだと、何度言い聞かせてもやっぱり今の俺には縋るものはアイツしかいないのかもしれない。ひと時の幻でも、あの瞬間だけを胸に留めて。 生きていくしかないなんて… 所詮βとは、とかなんとか言われそうで、この学校の教師の言いっぷりも想像に難くない。 この学校ではΩの幸せとは、αと番になり食べさせてもらうことだけ、そう言われているような気がして俺は不快感を覚える。そこには俺たちの自由なんてまるっきりない。βを愛してはいけない、と言っているようなものだ。 礼拝堂には、中央に女神像がある。それに向かって俺たちは一心に祈らなくてはならない。聖書を持ち、各自自由に祈り続ける。俺は聖書を持たずに三か月、礼拝堂にだけはやってくることにした。何度も注意されたが、もうそれも誰も言わなくなっていた。でも礼拝堂は好きだった。この静寂は、心地よい。何の神様かも分からない、この像を眺めて俺は一日が早く終わるように願う。それから、ゆっくりと白く輝くような精錬された校舎へ向かっていく。 カバンも何も持たずに廊下を歩いて、自分の席に着くと誰もいない。いつもそう、俺だけの空間になる。まだ皆祈っているからだ。その空気を楽しんで、俺は窓の外の木陰を見る。新緑が眩しく、もう春なのだと思う。あんなに苦しかった冬ももう、終わってしまっていた。いつか、俺もすべて忘れる日が来るのだろうか。誰か教えて欲しい。 机に突っ伏して、しばし微睡む。 すると、ドアが開く音がした。 「ここは、Ωの二年クラス?」 入って来たのは髪の毛の短い、ガタイのいい男だった。 「そうです」 感情を入れずに答える。 男は、にこにこしながら俺に話しかけてきた。 「今日一日、担任と交代。宜しくな、田島、っていうんだ。君は…西岡君?」 俺は初対面で名前を知られていることに困惑する。 「何で俺の名前知ってるんですか」 訊きながら、俺は胡散臭い、と思う。こういう奴ほど、信用できるのはいない。誰かが信じるな、と言う声が、頭の中で響く。 「で?俺に何の用」 「いやあ。用はないんだけどね。ちょっと様子を見に来たら君がいたってことなんだけど」
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