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心が壊れていくこの感じを、何と言ったらいいのか。徐々に徐々に、自分の何かが剥がれ落ちていく感覚。何かどす黒いものが侵食してくる感覚。
Ωと言う穢れを一心に受けなければならない身体を抜け殻にしたくて、早く何処かに逃げていきたくて俺は布団の中に蹲る。
弱い俺にはどうしようもできない。ここから逃げ出したいのに…
攫いに行くからと言った奴の最後の顔を俺は反芻した。涙が光っていた。
毎日、お前だけを思っていても、ここにいたら絶対に会うことは無い。でもこんな時は必ず思い出してしまう弱い自分。縋りたいのに相手はいない。
汗にまみれて繋がったあの日を、ぼんやり想う。奴の存在はしっかり俺の中に刻まれていた。最奥にアイツを感じた時のあの恍惚感。ゆっくりと扱かれて、はしたなく悶えていた俺。絡み合った舌が、名残惜しそうに離れていく瞬間。今、ここに手塚がいるようにリアルに思い出して、俺はむせび泣く。
どうしたらいいのだろう。
自ら覚悟してここに来たはずなのに。もう投げ出したくて、自分の軟弱な精神に呆れるほどだった。アイツなら、どうするのだろう、と考えて俺は目を閉じる。俺だけが世界からはじき出されたみたいだ。αに番にされてしまったら、もう手塚には抱いてもらえない、のに。理不尽なαとの交流。それに参加したくない。あの偽善面した教師も所詮はα。俺の気持ちなど分かるわけがないんだ。
手塚にさえ、俺の事は…でもあいつは、俺を追ってきてくれた。まだ、俺の事を覚えているだろうか。
まだ、俺に言ったことを覚えているのだろうか。
落ちた涙は、シーツに滲んでグレーの染みを拡げていく。
ああ。
結局何処でも、俺だけが異色だ。優しく頭を撫でて、抱きしめてもらいたい。お前だけに、傍にいて欲しい。離れるほど、心だけがお前を求めて止まない。
「助けてくれよ…」
絞り出すように俺は言って、朝の陽ざしの中微睡みに落ちていく。
「…西岡」
何度も呼ぶ声に、俺は眠りの底から呼び戻されていく。それはまるでエレベーターで上へ上へと昇っていくかのように緩慢に、そして酷く寂しいように感じている。ああ、そう。これは夢だと分かっているけど、俺は目覚めなきゃならないみたいだ。
握っている手を、解いて、その手が手塚の手であることに気づく。
「て……か…」
ああ…また俺は。また解いてしまう…
「西岡君」
「手塚…」
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