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 「里奈(りな)!ちょっと、ちょっと来てみぃ。」  1月18日。月曜日の寒い朝。  出勤で外に出たお父さんが、急いで玄関に戻って来て大声で私を呼んだ。  朝食を済ませて、歯を磨いていた私は、洗面所から顔だけ出して、玄関のお父さんを見た。  「()よっ。外、外。」  私を見つけて、手招きをする。  顔を引っ込めて、口をすすいでタオルで拭う。  洗面所を出て、台所に居るお母さんに声を掛ける。  「お母さん、お父さんが(なん)か始めや~たけど、どうする?」  朝食の片付けをしているお母さんは、チラっと私を見ただけで、手を止めることなく気の無い言葉を返す。  「里奈。御指名やん。頑張って。」  「え~。触りだけやでぇ。」  私はうんざりしながら、玄関へ向かう。  「里奈!凄い発見や!」  玄関から外へ私を連れ出すと、すぐ横のガレージへ連れて行った。  1月半ばの朝は、寒い。  制服だけで外に出ると、洗い立ての顔に、髪をひとまとめにした首筋に、スカートから出る素足に。刺すような冷気が待ち構えていた様にまとわりつく。  寒さに首をすくめながら、お父さんの後に続く。  お父さんは、黒い車の前まで来ると、ボンネットを指さしながら嬉しそうに説明しだした。  「これ、これ。これ見てみ。」  黒い車は薄汚れていて、そろそろ洗車した方がいんんじゃないかと思った。  そんな汚れたボンネットに、点々と何かの跡がついている。  「何?猫?」  よく見ようと、近づいた。  「ちゃうちゃう。猫はこんな細長いこと無いやろ。」  確かに、猫にしては細長い。  「じゃ、犬?」  違うと分かっていても、それしか別のモノが浮かばない。  「犬って。これ、人の足跡に見えへんか?」  人ぉ?  私はさらに近づいて観察する。  確かに、そう言われればそうとも見える。  「これは、小っちゃいおっちゃんの足跡や。」  小っちゃいおっちゃん??  「お父さん、それはちょっと言い過ぎやわ。」  私は、呆れながら言うと、家の中へ戻ろうとした。  「いや、これは間違いない。小っちゃいおっちゃんが久しぶりに現れんや。 帰ったら早速、小っちゃいおっちゃんの捜索や!それまでは現場保持や。絶対車には触るなよぉ。」  お父さんは嬉しそうに言って、ガレージに入っているもう一つの愛車の自転車で仕事に行った。  小っちゃいおっちゃんの捜索って。  現場保持って。  壮大やなぁ、これ以上は付き合いきれんわ。  私は家に入ると、台所に居るお母さんに報告をする。  「小っちゃいおっちゃんの足跡やて。私、パスやわ。」  お母さんはテーブルを拭きながら、チラッと私を見て言った。  「そら又、面倒(めんど)くさそうやな。でも、付き合ったり~や。最近お父さん、里奈に構ってもらえへんから寂しんやわ。」  中2の年頃の娘に、五十過ぎのお父さんが構ってもらえる方が可笑しいわ。  私は鼻で笑ったが、ふと考えを巡らせた。  そして、キッチンの椅子に神妙な顔で座り、お母さんが拭いたテーブルの上で手を組んだ。  「条件次第やな。」  私は上から目線で交渉を開始する。  交渉を成功させるにはまず、相手にこっちの方が優位だと思わせる事。と、YouTuberが言っていた。  私の行動を見ていたお母さんも同じように、向かい合って座った。  「最後まで付き合ったら、特別に金一封。」  金一封!  飛びつきそうなのを辛うじて抑え、更に交渉する。  「額による。」  威圧的に言う。  「それは、働き次第。」  うっ。さすがに一枚上手やな。  「分かった。早期解決に全力を注ぎます。」  私は立ち上がり、最敬礼をすると、急いでマフラーと鞄を持って外へ出た。  幹部会議は、遅刻ギリギリで何とかまとまった。後は、夜。お父さんと捜査会議をしなくては。  私は学校へ、今年一番のスピードで自転車を漕いだ。    
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