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ここは魔導士の強さと誇りを象徴する帝国、フィエルテのお尋ね者達が集まる酒場。
夜になると同時にお尋ね者達が酒場に集い、飲めや歌えや、喧嘩だの。毎日がお祭りのように騒いでいた。
しかし今日は妙な事に、酒場には客が三人しかおらず、陰気な雰囲気が店中に漂っていた。
ある酔っ払った客が隣で酒を飲む友人らしき人の肩を掴み、ある話題を取り上げる。
「あの魔法王国エスポワールが滅んで十年……最強の座はフィエルテの物になったわけだが、平和どころかむしろ争いの日々になってよ」
「まあまあ、フィエルテの魔導兵は皇帝の命令で噂の、黒魔導士を生け捕りにするために警備強化をしてるしな」
酒のつまみに平民のような服装をした男二人はこの国の今の現状を話している。
男は酒の入ったグラスを手に持ち、口へ運ぶとグイッとグラスいっぱいに注ぎ込まれたラム酒を一気に飲み干し、話を続けた。
この国、いや世界中に広がった黒魔導士の噂話を。
「黒の魔導士がエスポワールの王子だって噂もあるしな」
「黒い噂なんかどの国にもあるだろ」
──ドンッ。
話を続けていた男達のテーブルに勢いよく、ビールのつまみ料理が置かれる。
置いたのは他でもない。この酒場の亭主、中性的な顔立ちと桃色の腰の高さまである髪の毛が特徴のミネールだった。
驚く男二人を見ながら、ミネールはさらに追加のラム酒が入ったジョッキをテーブルに置いていく。
「そんな物騒な話してないで呑んだ呑んだ! 今日は客が少ないんだから、お前らが呑んでもらわないと赤字になっちゃうぞ」
「そんなこと言ってもよー」
「てか、他の奴らはどうしたんだ?」
キョロキョロと店を見渡しながら立派な顎髭の生えた、ケスは言う。
その言葉に対して少し笑いながらミネールは、カウンター席の端に腰を下ろす黒髪の青年をチラリと見て答えた。
「さぁ、みんな消されちゃったんじゃないかな?」
「消されたぁ!? まさか魔導兵にか?」
「そんなの知らねぇよ。それより、追加注文どうするの?」
グイグイと酒の入った瓶をケス押し付けながらミネールは、にっこりと笑みを浮かべ言った。
ケスはその積極的な営業から逃げるように、カウンター席に座っている青年の方へと向かい、隣の席に腰を下ろす。
青年は隣に移動してきたケスなど気にも留めずに、グラスいっぱいに満たされたワインを呑んでいく。
「お兄さんも一緒に呑もうや。今日は客が俺らしかいねぇからよ」
だが、ケスの言葉に青年は反応を示さなかった。
「聞こえてねぇのか?」
──バンッ。
ケスが青年の肩に手を優しく当てると同時に青年は机に強く頭を打ち付け倒れてしまった。
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