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「お尋ね者にも限度ってのがあるだろ、兄ちゃん」
「噂とは違って見た目は怖くないんだな」
「クロム様は今、魔法で顔の傷を隠していますからね」
ミネールがそうクロムに微笑みかければ、クロムは気がついたように、自分の顔にかけた魔法を解いていく。
魔法が解けた顔は、相も変わらず輝く鮮黄色の瞳、整った顔立ち。そして先程はなかった顔を横断する鼻の刀傷、右目辺りにある火傷の痕。
見ているだけでも痛々しいその傷後は、彼の歩んできた人生の厳しさを表していた。
先程までうるさかったケス達は、そんなクロムの傷を見たせいなのか、一瞬にして黙ってしまった。
数秒の沈黙を破ったのはコットだった。
「その傷は国の滅亡の時のか?」
「あぁ……それよりも随分と長居したな。ミネール後は頼む」
クロムがそう言うとミネールは渋々席から立ち上がり、ため息をつきながらケスとコットの目の前に手をかざし、魔法を使った。
「黒魔法、皇女の誘惑」
その魔法を使うと、酒場中に甘い香りが充満した。
クロムはその香りを嗅がないように、黒いコートの袖で口元を塞いだ。
二人はその香りを嗅ぎ、あっという間に眠りに落ちてしまった。
「この人達、どうします? 殺しますか」
「いや、ここ最近人を殺しすぎた。ひとまずお前の黒魔法で俺に関する記憶だけを消せ」
「それならお易い御用です。それよりも、何故瞳の色は変えないんですか。それもクロム様という手がかりの一つですよ」
クロムは席から立ち上がり、暗い顔をしながらミネールの質問に答えた。
「この瞳はエスポワール王国の象徴だ。これは王族、王子であるという証明でもあるからな」
「クロム王子……ほんと変わりませんね。小さい頃からそういう所は」
「もう子供じゃない」
「わかってますよ。国王様と王妃様によろしくお伝えください」
ミネールは深々とお辞儀をし、酒場から立ち去るクロムの背中を見送った。
クロムの背中は随分と寂しげに見えた。
外へ出れば肌寒い夜風が吹いていた。
クロムは少し身体を震わせ、滅亡した国、エスポワールのある方角へと歩みを急いだ。
「今日も夜風が冷たいな」
息を吐けば、白く染まり、さらにクロムの身体の体温を低くした。
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