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第14話 僕に触れて欲しい【春樹】
「……少し、しょっぱい」
何度も繰り返されるキスの合間に、岳秋が呟いた。
「今日、病院でちょっと泣いたからかな」
何気ない体を装い、話を合わせる。唇を重ねながら日常的な会話をするのは、普通なのだろうか。年上の恋人にペースを合わせようと、春樹は必死だ。しかし、いつもより長いキスに、うぶな春樹の胸は早鐘を打っている。岳秋は、唇の行き先を、春樹の目尻へと変えた。
「ほんとだ。ここもしょっぱい」
熱い舌でぺろりと舐められ、悩ましい声がこぼれた。
「は、あんっ……」
岳秋の声や呼吸、ゆったりと春樹の身体を撫でる手は変わらない。もどかしくて身体を小さく震わせているのは春樹だ。
「怖かったら言ってくれよ」
「ううん、怖くない。全部すごく気持ち良くて……。慣れてないから、緊張してるだけ。ねえ、もっとして……?」
おねだりされた岳秋は、少し苦しそうに眉をしかめた。
「ハル、俺が緊張してないと思ってる? 大人ぶって、落ち着いた振りしてるだけだよ。ハルが少しでも震えたり声を上げたりするたびに、怖がらせてないか、びくびくしてる。
触れたいけど、やり過ぎて嫌われたくない。好きだからこそ、慎重になるんだ……」
春樹を見つめる眼差しと絞り出すような声に、切なさが滲んでいる。勇気を奮い立たせ、春樹は自分から岳秋に口付けた。いつも受け身の自分がするキスは、ぎこちないだろう。でも、拙くても彼を求めている自分の気持ちを伝えたい。
「初めてだな。ハルからキスしてくれたの。すごい嬉しい」
満足気に目を細めた彼の表情が、春樹の胸を甘酸っぱくする。恥ずかしくて、わざと天邪鬼に春樹は言った。
「下手だから、気持ち良くないでしょ?」
くすりと岳秋は小さな笑みを浮かべた。
「気持ち良いよ。一生懸命で、きゅんとする。俺のやり方を真似てくれるのも、健気で愛おしい。……ハル、遠慮しないでもっと声出して。気持ち良いって分かると、嬉しいし安心する」
耳、首筋、鎖骨と、彼の唇は春樹の身体の上を次々に滑っていく。春樹の微かな喘ぎ声や身体の小さな反応を拾い上げ、優しく春樹の感じる場所を舐め、軽く吸う。
「動物が毛繕いしてるみたい」
照れ隠しに春樹は呟いた。
「あぁ、人間も一緒じゃないか? 仲良くなるためにするもんな。動物も結構、繁殖目的以外の性的接触するらしいぞ。同性愛もあるみたいだし」
リアクションに困り春樹は頬を赤らめる。一瞬目線が合うと、岳秋の表情が急激に男になった。彼の指先は、思わせぶりに春樹の平たい胸の上をさまよう。小さな突起を捉えると、シャツの上から擦り始める。
「う、んんっ……」
そこは岳秋の指に応え、膨らんだ。粒になって勃ち上がり、スケールこそ違えど、男の性器みたいだ。性的快感にダイレクトに直結する器官を人の手によって刺激され、自分の身体が変化したことに春樹はうろたえる。そんな小さい器官が、性器に強い快感を呼び覚ますなんて知らなかった。呼吸が乱れる。
「ちっちゃくて可愛いな。ねえ、感じる?」
岳秋の指先は、そこを指で摘まんだり、引っ搔いたりと、迷いがない。春樹の身体が快感に蕩け始めていることに確信を持っているとしか思えない。それなのに、わざわざ言わせようとするなんて。かぶりを振り、答えたくないと意思表示したが、春樹のささやかな抵抗は、余計岳秋を煽るだけだった。愛撫は、更に執拗になった。
「答えてよ。ハル」
「いやだよ……。アキの意地悪。分かってるくせに」
「分かってても、ハルの口から聞きたいんだ。嬉しいから」
ボタンの隙間から入り込んだ岳秋の指先が、素肌を直接愛撫し始めた。
「あ、はっ……」
白い喉を仰け反らせて春樹は喘いだ。太く節ばった岳秋の指は、思いのほか繊細に動く。包丁を持たせたら不器用極まりなく、野菜の千切りは、乱切りになってしまうのに。そのギャップにも興奮した。
「……大丈夫?」
岳秋の眼差しや声は、湿度を増している。彼に欲望を向けられるのは嬉しく、くすぐったくすらある。無言で何度かコクコクと頷くと、岳秋は春樹の胸のボタンを外し、胸元に唇を落とした。
「あ……ああっ……」
気が付けば、やんわりとソファに押し倒され、シャツのボタンは全て外されていた。胸から臍にかけて指先で撫で下ろされた時、一瞬、レイプ未遂事件を思い出し、身体をこわばらせた。岳秋は指を止め、息を詰めた春樹の頬や唇に優しくキスをした。
「春樹が無事で、ほんとに良かった……。
もし最後までヤられてたら、俺、めちゃくちゃ後悔したと思う。『なんで、抱いてくれってせがまれた時に、抱かなかったんだ』って。俺なら、愛情を込めて、精一杯優しくしたはずなのにって。初めてのセックスが、複数の男からの暴力だなんて、ひどすぎるだろ……」
彼の声は少し震えている。事件が岳秋へも少なからぬ衝撃を与えていたことに今更ながら気付いた。
「あいつらとは、キスしなかった。されそうになったら、僕、噛み付いてたと思うけど」
春樹の気丈な言葉に、岳秋は苦笑した。
「ねえ、アキも脱いでよ」
一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべたが、彼は素直に自分のTシャツを脱ぎ捨てた。逞しい肩や胸には筋肉が盛り上がっている。事件前は、毎日お風呂で見ていた彼の身体だが、場所や状況が違うだけで気恥ずかしく、直視できない。少し上目がちにチラチラ眺めると、岳秋は少し憮然とした表情を浮かべている。彼が照れた時の癖だ。
「……いつも見てるだろ、俺の裸なんて。そんな反応されたら、こっちがどきどきするじゃん」
ムスッと怒ったような表情で、岳秋は、春樹の唇に噛み付くように口付ける。
「アキだって……。目の色変えて、やらしい触り方してる」
「そりゃあ、『気持ち良い、もっとして』なんて、好きな相手に色っぽく言われたら」
照れた義兄弟は、互いに言い訳する。このままでは、せっかくのムードが台無しだ。春樹は、岳秋の首の後ろに手を回し、頭ごと引き寄せて口付けた。ぎこちなく舌を差し入れると、岳秋は微かに切なげな声をあげ、呼吸を乱した。
「んっ……はあっ」
熱い舌で、焦らすようにゆっくりと唇の輪郭を舐められた。堪らず春樹が口を少し開くと、今度は岳秋の舌が春樹の口内に入ってくる。
「ああっ……、んっ」
驚いて縮こまった春樹の舌が、丁寧に舐められる。キスそのものの快感もさることながら、性器への愛撫を生々しく想像し、春樹は甘い声をあげた。
(アキのキス、今までと全然違う。いやらしくて、気持ち良くて……。これまでのは、きっと初心者用だったんだ)
「……大丈夫か? 震えてるけど」
少し掠れた声で岳秋がキスの合間に囁く。
「うん……。今までと違くて、びっくりしただけ。アキ、すごくやらしいんだもん」
「言っとくけど、まだ本気出してないぞ? 車のギアだと、まだサードぐらいだ。トップまで入ってないからな」
唇の片側を引き上げ、薄く笑みを浮かべた岳秋からは、大人の男の色気が匂い立つようだ。春樹は、薄く平らな胸や、肋骨の少し浮き出た細い脇腹を指先でなぶられ、快感に身悶えた。岳秋に全て委ねたが、下半身に触れられそうになり、慌てて彼の手を押し止めた。
「だ、ダメだよ……」
「何で?」
「女の人には付いてないじゃん。コレ」
「お前が女じゃないのは、最初から知ってる。俺は、『お前』が好きなの。……ほら」
岳秋は、春樹の手を彼の中心に導いた。熱く硬く屹立している。
(良かった。アキ、萎えてない。男の僕でも欲しいって思ってくれてるんだ)
岳秋は躊躇なく、春樹のベルトを外しズボンの前をくつろげ、下着の中に指先を入れる。春樹の中心は、伸び盛りの植物のように勢い良く勃ち上がっている。初めて他人に性器を握り込まれ、春樹は羞恥にあぶられたように頬を赤らめる。岳秋の手は、やや遠慮がちに、ゆるゆると春樹の茎を上下に扱き出す。敏感な先端を親指の腹で撫でられ、春樹は声を上げた。
「可愛いよ。そのままのハルが好きだ」
先端に滲んだ蜜を掬って絡め、さらに滑らかさを増した茎への愛撫は、スムーズだが強くはならない。それに、一番敏感な場所は慎重に避けている。春樹の感じる場所や、どんな愛撫に反応するかを確かめ、長く快感を与えようとしているようだ。性の経験がない十代後半の少年は、ほんの少しの刺激で達してしまうことを、同性である岳秋は知っているはずだから。
腰の奥が熱い。早く欲望を吐き出したい。春樹は目を潤ませ、ソワソワと両膝を擦り合わせ、甘い吐息をこぼす。
「せっかく、いっぱいしてあげようと思ったのに。もうイキたい?」
獲物を仕留める前の獣のように目を光らせ、意味深な笑みを口元に浮かべる岳秋に、懇願の表情で、春樹は頷いた。岳秋の指先が、春樹の敏感な裏筋を行き来する。
「あ、ああん!」
切なげな声をあげると、更に鈴口をくすぐられ、春樹はコントロールを失い突然達した。岳秋は平然と自分の手に付いた春樹の白濁を舐め、そして春樹自身を舐め始めた。
「ちょ、ちょっと、アキ! や、あっ……」
自分以外の手で触れられるだけでも、自分でするより遥かに気持ち良いのに、熱く形を変幻自在に変える舌と、ぬめる口内でなぶられては、ひとたまりもない。一度達したばかりにもかかわらず、そこはあっという間に張り詰め、お腹の奥から射精感がこみ上げてきた。
「ね、やめて……、ぼく、も、いきそう」
激しく乱れる呼吸の中で、春樹が必死に訴えると、岳秋は、口から春樹自身を解放し、さっきよりも素早く上下に扱いた。
「さっきは、すぐ『イキたい』って言ったのに。今度はもっとして欲しいの? 我慢しなくて良いよ。イキな?」
囁きかける岳秋の声は優しい。先端の小さな穴を尖らせた舌先で突かれ、春樹は再び精を放った。
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