第2話 春樹との出会い【岳秋】

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第2話 春樹との出会い【岳秋】

 夏実(なつみ)と恋人同士になって程なく、弟の春樹(はるき)を紹介された。 「弟は十も年下なんだけど、いっぱしの保護者気取りなの。『姉さんは(ろく)に男と付き合ったことないから、見る目があるか心配。僕が見てやるよ』なんて言うのよ。早くに両親を亡くしてるでしょ? ちょっと大人びたところがあるの。でも悪い子じゃないから、もし生意気なことを言っても、多少なら流してやってくれる?」  夏実は困ったように岳秋を見上げたが、岳秋(たけあき)は何でもないと言うように微笑みかけた。 「ああ。俺も春樹君には早めに挨拶しなきゃと思ってた。大事なお姉さんと付き合ってる男がどんなのか分からないんじゃ、彼も不安だろ?」  初めて会った春樹は中学校に入ったばかりで、見た目はとても子どもっぽかった。身長は、岳秋より三十センチは小さく百五十数センチだろうか。ひょろっと細い身体付きで、目鼻立ちは驚くほど夏実と似ている。色白で、二重で少し切れ長の印象的な目元だ。しかし、子どもの小さな顔の上で美形な目や口が大きすぎて、アンバランスだった。  しかし、可愛らしい外見とは裏腹に、彼の態度や表情は少し斜に構えて子どもらしくなかった。 「初めまして。白石(しらいし) 春樹です。姉がお世話になってます」  礼儀正しく頭を下げて挨拶してきたが、彼の目は全く笑っていなかった。 『姉をこの男に取られるのではないか』という少し面白くない気持ちと、 『大事な姉を任せるに相応しい男か見極めたい』という、二つの気持ちが入り混じった表情に見えた。  岳秋は、アジアの子どもの貧困や少女買春について長い取材経験がある。幼くして自分の力で生きなければならない境遇になった子どもと接するのに慣れていた。見た目は小さくても、彼ら彼女らは、一人前として生きている自負がある。子ども扱いせず、対等な目線で話さなければいけない。 「初めまして、春樹君。黒崎(くろさき) 岳秋です。夏実さんとお付き合いさせてもらってます」  対等な男同士のように話し掛け、岳秋は自分の右手を差し出した。  彼を子ども扱いしなかった岳秋に、春樹は一瞬意外そうな表情を浮かべた。小さく細い手で、しっかり力を込めて岳秋の手を握り、真っ直ぐ岳秋の目を見ながら臆さず問い掛けてきた。 「ご職業はジャーナリストだそうですね。U市に引っ越してくる前はどこで何をされてたんですか? 姉とはどういう経緯で知り合ったんです?」  警戒心剥き出しの質問に、隣にいる夏実は、肘で春樹をつつき、眉をひそめている。 (やめなさいよ、初対面でいきなり。不躾(ぶしつけ)じゃないの)  しかし、春樹は全く意に介さない。 (そりゃあ、純真無垢な美人の姉が、余所者のフリーランスなんて連れてきたら、怪しむよなぁ)  岳秋は苦笑しつつ、同時に感心した。百八十センチ強の長身に加え、学生時代はサッカー部のディフェンダーだった屈強な体格なうえ、東京で夜遅くまで出歩いていると度々職務質問されるほど強面な三十路男だ。ついこの間まで小学生だった小柄な春樹が、敵意を剥き出しにしてぶつかってくるのは、よほど姉が大切に違いない。 「以前は東京に本社がある新聞社で働いてた。その時に作ったコネで、食い扶持(ぶち)に困らなそうな目途が立ったから独立したんだ。夏実さんが勤めてる税理士事務所に俺が確定申告とかを頼んだ関係で、親しくなった。というか、夏実さんの美貌と親切な仕事っぷりに、俺が惚れちゃった。俺の懐事情は、たぶん夏実さんの方が詳しいと思う」  率直な岳秋の返事に、春樹は、片眉を軽く引き上げ少し感心したような笑みを浮かべた。そして更に突っ込んだ質問を投げかける。 「へえ。東京本社の新聞社って、A? Y? M? それともNかTかな? いずれにせよ大手ですよね? なんでまた、そんな良い会社辞めてこんな田舎に引っ込んだんですか?」  春樹が追求の手を緩めないので夏実はやきもきしている。岳秋は春樹の質問に答える前に、夏実の腕を軽く何度かぽんぽんと叩いて「大丈夫だよ」と安心させた。 「大手新聞社って、聞こえは良いけどサラリーマンだからさ。何年かに一度、まるっきり違う部署に飛ばされる。しかも偉くなるほど、取材にも行かないし記事も書かない。そういうの面白くないなーと思って。俺は一生現場にいたかったんだよね。ここなら、いざとなればすぐ東京に行ける距離だし、新聞社でN県勤務してたことがあるから多少土地勘あったしね」  春樹は半分納得したような、まだ残り半分は疑っているような表情だ。 「あまり人には話してないんだけど。新聞社時代に、報道写真で賞を獲ったことがあるんだ。サラリーマン時代の仕事だけど、ありがたいことに、その賞のお蔭で、俺個人の名前も業界内で売れてね。他のフリーランスより、俺のギャラや待遇は良いと思う。仕事は手堅くあるし、収入もサラリーマン時代と変わらないよ」  岳秋が打ち明けると、春樹はようやく納得した顔になり、素直に謝ってきた。 「初対面なのに不躾に根掘り葉掘り聞いて、すみませんでした。それに、僕みたいな子どもの相手をしてくれて、ありがとうございました」 「いや、良いんだよ。お姉さんと春樹君二人きりの家族だもんな。お姉さんを守ろうとする春樹君の男気に、俺は敬意を表しただけ」  岳秋が、春樹の度胸に感服したと伝えると、春樹はちょっと頬を赤らめて唇をキュッと噛み締め、眉をしかめる。一瞬、怒ったような子どもっぽい表情を見せた。 「で、どう? 俺は春樹君のお眼鏡に適ったかな? 夏実さんと付き合っても良い?」  岳秋が敢えて神妙にお伺いを立てると、春樹はニヤリと笑みを返す。 「えっ? 黒崎さん、僕がダメって言ったら姉と別れるんですか?」 「そんなわけないじゃん。君に認めてもらえるまで何度も説得に通うよ。お父さんがいない夏実さんとの交際を認めてもらうには、君の許しを貰うしかないだろ?」  にやにやと二人は男の会話を交わした。 「姉さん。僕、この人、気に入ったよ。ちょっと胡散臭いところはあるけど、悪い人じゃないと思う」  こうして岳秋は、夏実の唯一の近しい肉親・春樹に、彼女との交際を認めてもらった。  初対面の時こそ、岳秋を品定めするような人を食った態度を取ったが、春樹は次第に岳秋に心を許し無邪気に甘えてくるようになった。一緒にゲームをしようとねだったり、テレビを観ていると時事問題について解説をせがんだりする。父親を早くに亡くし、寂しく心細かったのだろう。  岳秋を「アキ」と呼び始めたのは春樹だった。つられて夏実も、そう呼ぶようになった。  夏実にプロポーズした時も、春樹も一緒に三人で暮らすのは当たり前だと岳秋は思っていた。彼女も、それを聞いて涙を流して喜び、プロポーズに首を縦に振った。 「二人が結婚しても、僕、アキのこと『お義兄さん』なんて呼ばないからね。だって、アキと姉さんの関係は夫婦になるかもしれないけど、アキと僕はこれまで通り友達でしょ?」  春樹は、爽やかな笑顔と変わらぬ男の友情の誓いで、二人の結婚を祝福してくれた。  夏実の妊娠が分かった時も、岳秋以上に喜んだのは春樹だった。 「ハル、ナツ、アキ、が揃ってるから、生まれてくる赤ちゃんは、冬が付く名前が良いよね? 冬生まれだしさ。男の子だったら冬彦、女の子だったら冬美とか」  生まれてくる子にとっては、春樹は叔父だが、まるで大きなお兄ちゃんのように、新しい命の誕生を楽しみに待ち侘びている様子が、可愛かった。  しかし、そんな慎ましく平凡で幸せな日々は、長くは続かなかった。  夏実が七か月検診に行くと言っていたその日。岳秋は、一本の電話を受けた。 「黒崎 岳秋さんですか? こちらXX警察署です。奥様の夏実さんが、交通事故に遭われて、今、XX病院に搬送されています。病院に、なるべく早く来ていただきたいんですが」 「……夏実は、夏実は無事なんですか?! 生命はあるんですよね?!」  岳秋の手は、握り潰しそうなほど強い力で、スマートフォンを握り締め、警察官に向かって、怒鳴るほどの大声で問い掛けていた。背筋は、一瞬のうちに冷たい汗でびっしょり濡れていた。
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