第4話 ふたりの誓い【岳秋】

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第4話 ふたりの誓い【岳秋】

 夏実(なつみ)と赤ちゃんの葬儀は、しめやかに執り行われた。葬儀では、親族や知人からの善意の暴力に、幾度となく傷付けられた。 「お気の毒にね。うちの子が同じ目に遭ったら、あたし、生きていけないわ」 「俺だったら、犯人をぶっ殺してやりたいよ!」 (じゃあ、のうのうと生きて、犯人を殺しに行かず、ここにいる俺は薄情者だって言いたいのかよ?!)  形容しがたい、何とも言えないモヤモヤした気持ちになった。岳秋(たけあき)の一番の味方で心の支えだったのは、義弟の春樹(はるき)だった。岳秋の傍らにずっと寄り添い、心無い言葉を掛けられるたび、彼は激しく反応した。 「アキ! 周りの人が言うことは、聞かなくて良いよ。家族が突然、事故に巻き込まれた時の、自分の気持ちすらうまく言えないほどの辛さなんて、経験したことない人に分かりっこないんだ。  しかも、お葬式で大袈裟(おおげさ)に悲しむ人に限って、こっちが悲しさを感じられるようになった頃には、『いつまでも悲しんでたら、夏実さんが浮かばれないよ』とか、したり顔で言ってくるんだよ! 肉親を突然(うしな)って、そんなすぐに立ち直れるわけないじゃん!」  わざと周りに聞こえるように皮肉っぽく言う春樹に、眉をひそめる参列者や、図星を差され顔を赤くして怒る参列者もいた。しかし春樹は意に介する様子もなく、冷ややかな表情を浮かべていた。  東京から岳秋の両親も駆け付けた。 「岳秋。今は慰めの言葉も見当たらない。(しゅうと)の俺ですら胸が張り裂けそうだ。あんな良い嫁さんを亡くしたお前の気持ちを思うと、やり切れない。ひとつだけ、忘れずにいてくれ。何か困ったら、何でも良い、いつでも良い。俺たちに相談してくれ。お前はひとりじゃない。俺が言いたいのは、それだけだ」  無口な父が、三年分くらいの言葉を喋った。岳秋は唇の端を引き上げ、何とか微笑もうと試みた。しかし、その試みが失敗に終わったことは、母の労わるような眼差しで分かった。 「こんな時に、心配を増やすようで気が引けるんだけど……。岳秋、春樹君のこと、白石家でどう話し合ってるか、聞いてる?」  春樹というキーワードで瞬時に正気が蘇り、岳秋は母を見つめ返した。 「ん? ハルが何だって?」 「誰も春樹君を引き取ろうとせず、互いに押し付けあって揉めとる」  むすっとした父の表情はいつものことだが、春樹の処遇について口にした時は、眉間に皺を寄せた。 「え……? ハルは、これまでも俺と一緒にいたんだ。これからも一緒に決まってるだろ」  岳秋は憤然として言った。母は遠慮がちに目を伏せたが、父は更に眉間の皺を深めて言葉を重ねた。 「お前は、夏実さんと結婚して、まだほんの一年だ。白石家のご親戚は、お前が、夏実さんや春樹君を(たぶら)かして、二人のご両親の遺産を横取りする気だと疑ってる。それに、お前はまだ若い。春樹君がいたら再婚の邪魔になるだろう、と」  青天の霹靂(へきれき)だった。想定外の横やりに言葉を失いながら、岳秋は春樹の姿を探した。彼は斎場で一人所在なげに佇み、じっと夏実の遺影を見つめている。姉との思い出を振り返っているのか、心の中で姉と話し合っているのか。詰め(えり)からすんなりと伸びた白い首筋は、痛々しいほど細くて儚い。春樹は、まだ大人に守られるべき年齢の少年なのだと改めて岳秋は痛感した。  岳秋は、春樹の父の長兄夫婦に歩み寄った。姪の葬儀とは思えない賑やかさで歓談していた白石家の親族は岳秋の姿を認め、気まずそうに口をつぐんだ。 「おぉ……、岳秋君。喪主で忙しいのに、わざわざ白石家にまで気を遣ってくれて悪いね」  春樹の父の長兄、春樹にとって伯父にあたる男は全く悪びれずに言った。 「ハルを……、春樹君を、どうするおつもりなんですか」  挨拶抜きに岳秋が本題に切り込むと、春樹の伯父は途端に目が泳ぎ、てらてらと光る額をハンカチで拭いながら言い訳した。 「岳秋君はまだ若いだろう? 今は夏実が死んだ直後で、そんな気にならんかも知れないが、それだけの男っぷりだ。数年も経てば再婚話があると思うんだよ。前妻の弟がくっ付いてちゃ邪魔だろう? ましてや君は、夏実とたった一年結婚していただけだ。夏実と春樹の為に君の人生を棒に振らないでほしい。年寄りのお節介を焼こうかって話し合ってたんだよ」  岳秋は、目の前の無神経な男が声を低める様子も無いことに眉をひそめた。そして、この話が聞こえているであろう春樹を振り返った。春樹は唇を噛み締め、真っ白な顔をして俯いている。 「ハルは、俺の義弟(おとうと)です。大事な家族です。これまでも、これからも、ハルは俺と一緒にいます」  岳秋は怒りを押し殺した静かな声で、伯父のみならず白石家の親族を順繰りに一人ずつ目線を合わせて宣言した。彼の強い目線に、全員が目を逸らし何も反論しなかった。  再度、春樹を振り返ると、彼は心細げな表情に涙を浮かべ岳秋を見ていた。岳秋は、やや苦味強めの笑みを浮かべて歩み寄る。そして、立ち上がった春樹に両手を広げて差し出し、ガシッと強く抱き締めた。 「ハル。これからも、俺と一緒にいてくれるよな?」  岳秋が尋ねると、春樹は、涙交じりの声で答える。 「アキ、生活力ないもんね……。しょうがないなぁ。僕が一緒にいてあげるよ」 「おう、頼むよ。……それにさ。夏実がいなくなって、世界で一番悲しんでるの、多分俺たち二人じゃん? お互い助け合って、労わり合っていこうぜ」  岳秋の言葉に、春樹は無言で静かに涙を流しながら(うなず)いた。腕の中の春樹は細く、甘い匂いがする。ふと夏実を思い出し、岳秋も少しだけ泣いた。
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