車の男

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車の男

 夏真っ盛りの8月の夜。昼間の熱気が残り、蒸し暑い夜だった。  繁華街を少し離れた、人通りの少ない暗い道に、一台の車が止まっていた。  その道は大きな川と広い河川敷に挟まれている。川の向こうには工場の赤い光が見え、河川敷の向こうには繁華街の黄色い光が見える。  目の前で起こっていることが理解できず、男は車の中で呆然としていた。  車の前には1人の女が倒れていた。  手入れの行き届いた黒色のロングヘアーに、白いワンピースという格好は、メリハリが効いて、活発な印象を受けるが、その印象とは逆にその女はピクリとも動かない。  そばには女のものであろう、質素なベージュの鞄が落ちており、その5メートル程先には、通話中の画面の携帯電話が落ちていた。ひび割れた画面と、近くに散らばるガラスの破片から、その女のものだと予測できた。  静寂の中で遠くから、エンジンをふかす音が響いた。  車の中の男は、前方の曲がり角からバイクが曲がってくるのに気づき、ハッとした。男は急いで、一度車から降り、そばに落ちていた鞄を車の後部座席に投げ入れ、もう一度運転席に乗りった。  男は乱暴にアクセルを踏んだ。檻から解き放たれた、空腹の獣のように車は急発進した。  後方ではすれ違ったバイクから降りた人物が、倒れている女のそばに駆け寄っていた。  雲ひとつない、三日月の綺麗な夜だった。  
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