8.パンと恋と万葉集

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 桜木優子さんは、目を開ける。既に日は高く、枕元の時計を見ると午前八時を回っていた。いけない、と急いで起きて着替え、電気湯沸かしポットにお湯を沸かしながら顔を洗う。トーストにジャムを塗って紅茶で流し込むと、一人暮らしのアパートから飛び出した。学校までは歩いて八分。九時からの一限目に悠々間に合う時間だった。彼女はなかなか忙しい生活を送っている。朝から夕方まで授業が詰まっていて、その後は連合の仕事。夕べも夜遅くまで自宅でサークル関係の業務を行っていたのであった。時間の有る朝は昔ながらの電気カーラーで髪を巻いている。だが時間のない日は今日のように自然に後ろに流している。長い髪は既に照りつけ始めた朝の光を受けて輝いていた。梅雨が終わってしまったのかと思うくらい良い天気だった。  学校に着くと、午前中は有機化学2、化学熱力学2の授業を受け、午後はまるまる有機化学実験。他の曜日も月曜から金曜まで似たような感じで、非常にシンプルなライフスタイルとも言える。一、二年の教養部の頃はもうちょっとあれこれ、例えば万葉集の講義を取ったりもしていたけれど……。  講義が終わったら学生連合の仕事の為に学生棟の一室に籠もり、招集が有れば会議。彼女のデスクにはパソコンが貸与されていて、ネットワークで繋がっており、役員同士のおおよその動向は把握しあっていた。  各サークルの月ごとの報告書を確認していると、ピカピカと小さなウィンドウが開く。メッセンジャーだ。桜木さんは部屋に誰もいないのをいいことに、軽く舌打ちをして、「りょ」で単語登録している「了解致しました」を打ち込むと、退席。
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